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第2話 「愛する人」


《千隼side》


 腕の中で眠る紗和を見た。


 やせ細った体に擦り傷や痣がたくさんあって、見るだけでとても痛々しい。


 紗和を持ち上げた瞬間、年頃の娘とは思えないほど軽くて驚いた。抵抗することも無く、私の腕の中にいる紗和は、今にも消えてしまいそうなほど儚く、小さかった。


 「……千隼様。どうぞ」


 「悪いな。ありがとう」


 八重桜神社を出ると、表に黒い車が見える。


 そのすぐそばで私の側近である風神凪砂がドアを開けた。私の腕の中で眠る紗和を見て一瞬驚いた表情をしたが私が乗り込んだ後運転席に座る。


 「出してくれ。紗和を家に置いたらお父上に八重桜家のことを報告する」


 まだ意識を取り戻さない紗和。私は、そんな紗和を膝の上に寝かせながら、伝えた。八重桜の一連の行動を見て、胸糞悪い。どうしてもっと早く助けてやれなかったのだろう。


 そうしたら……。


 「随分お怒りのようですね。もしかして調べた以上に悪いことが?」


 「ああ。みんなして紗和のことを……。解せぬ。なぜお父上はあんな家に我が国の未来を託そうとしたのかわからん」


 運転席で凪砂は私を鏡越しで見る。私は、紗和を撫でながらあの家で起こっていた信じられないことを思い出した。


 実の父親と異母妹から殴られ、蹴られ……。


 どんな理由があったのかは分からないが私の婚約者をここまで痛めつけるとは。


 許せない。


 「まぁ、この家は由緒正しき縁結び神社として知られていますからね。無理もないです」


 私の反応を見て、はぁとため息を着く凪砂。どこが由緒正しき縁結び神社だ。穢れた所しか私は見ていないぞ。


 「……無駄話は終わりだ。家に帰るぞ」


 「かしこまりました」


 これ以上紗和を疲れさせてはいけない。怒りを沈めながら、私は凪砂の運転する車で、自分の家へと帰って行った。


 ***


 私が、紗和を見たのは父上から婚約者の相手を話した日だった。それまで何度か縁談の話はあったが私は全て断っていた。


 華月家たるもの花嫁を迎えるのは暗黙の了解だったが、私はなかなか未来のことが見えず、縁談の話が来ても頷くことが出来なかった。

 今年で25になる私はどれだけ縁談の話を断ったのだろう。そのせいもあってか、周りでは“女嫌い”だの“冷酷無慈悲”だの“冷徹”だの散々な噂を流されていた。だが、それは全部違う。


 写真を見ても話を聞いてもこれといった女性がいなかっただけ。別に運命を信じている訳でもないが、好きでも無い女とこれからの人生を共にする自信はなかった。


 華月家は、昔から皇帝様の警護をしたり、悪さする妖や人を成敗する仕事をしていた。

 そのため、皇帝様からのお気に入りの家系になり、上位の皇族にまで華月家は上り詰めた。異能も使え、優秀なものばかり生まれるもんだから期待がとても大きい。


 今私は、軍事学校を卒業し、皇帝様から直々に軍事の指揮官を任命された。


 この時代、あまり出動要請はないが、常に訓練をしたりはしている。そんな中、ある日、大事な話があると父上から呼ばれ、部屋で話を聞いた。


 「千隼。お前、この人と婚約しなさい」


 「……ですが……」


 ソファに向き合いながら座った瞬間、目の前に大きな写真入れを差し出された。また婚約の話か……と内心呆れながら目を合わせる。


 「まぁ、いいから。お前、今年で25だろう?そろそろ嫁を見つけて、嫁いでもらわんと。ここの娘はな、八重桜家の長女だ。異能も強いものを受け継ぎ、後継者を産んでもらうには調度良い条件なんだ」


 「八重桜……」


 相手の情報を淡々と話す父上。


 八重桜という苗字を聞いて、何かが反応した。ほとんど無意識に写真を見る。


 八重桜はという苗字は私でも聞いたことのあるものだった。確か縁結び神社として有名で、過去に皇帝様のご子息の未来の人を結び、名を挙げたとか。


 だがここ数年、そういう大きな行事は無く、八重桜家を見ることはなかった。


 「どうだ?なかなかに美しい娘じゃないか?お前も断ってばかりいないで早く身を固めなさい。お前の弟だって、そろそろ相手を見つけなければいけないのだからな」


 写真を見ながら固まる私をよそに話を続ける父上。私は、写真に映る娘を見て何かを感じた。

 漠然としたことで確信はないが……“運命の人”を見つけたと思ってしまった。どうしてそう思ったかは分からない。


 ただ、いつも父上が持ってくる縁談の相手とは全然違う気持ちが湧き上がってくる。この人に会いたい。この人となら、生涯共に歩んでも大丈夫だろう。そう思ってしまったのだ。


 「父上。この方に、決めます」


 父上の話が終わる前。無意識にそう言っていた。自分でも驚くほど冷静に、宣言するように言い放つ。


 「……おお、そうか。ようやく相手を決めたか。さすが縁結び神社の娘。女嫌いの息子を射止めるとはな」


 私の返事を聞いて豪快に笑う。あまりのいいように何か言い返したかったが、それは呑み込んだ。縁結び神社の娘だからでは無い。


 何か……運命を感じたから、この人に決めたのだ。


 「早速八重桜家に手紙を送ろうじゃないか。これから忙しくなるぞ。お前も準備しとけよ。ああ、そうだ。この娘の名は八重桜紗和と言う。覚えておけ」


 私の返事にすっかり上機嫌の父上は、笑いながら私の肩を叩く。久しぶりにこんな上機嫌な父上を見たかもしれない。


 最近は皇帝様もあまり機嫌が良くないし、父上も不機嫌なことが多かった。帝都内で何かあったのだろうか、と毎日緊張感が高まる時を過ごしていた。だからか、変にほっとしている自分もいた。


 「承知いたしました。よろしくお願いします」


 これでもう新しく縁談の話を持ちかけてくることはないだろう。自分でも驚くほど気持ちは落ち着いていて。今まで婚約を渋っていた気持ちが嘘みたいに晴れていく。


 もう一度写真を眺め、相手の顔を覚えてから部屋を後にしようとする。


 「それでは仕事に戻ります」


 「ああ。しっかり仕事しろよ。……それと、今度皇帝様のご子息の件だが……話は聞いてるか?」


 「……?いえ、まだなにも」


 立ち上がった私に父上は話を持ちかけたけど最後は濁す。なんのことだかさっぱり分からない私は、首を傾げた。皇帝様のご子息は今年で15になる。

 そろそろ嫁探しをしないといけないという噂は耳にしたことがあるが直接聞いた訳では無い。


 「そうか。皇帝様に直接聞きなさい。この娘に関しても少し調べておくと良い」


 「承知しました……それでは、失礼します」


 父上はそれ以上何かを言うわけでもなく、私にそう言うと神妙な面持ちになる。何故だろうと思っていたが、その事実に気づくのにはそう時間はかからなかった。


 「千隼様。話は終わりましたか?皇帝様がお呼びです」


 「ああ。今行く」


 廊下にでると、外で凪砂が待っていた。私の顔色を伺いながら、予定を伝える。

 だけど私は父上の言葉が頭の中に引っかかり、それどころではなかった。


 「……凪砂。私の婚約者である八重桜紗和と八重桜家について調べて欲しい」


 「……は?婚約者、ですか?」


 凪砂は目が点になるほど驚いている。


 無理もない。


 今まで婚約の話が来てものらりくらりと交わしてきた私だ。ここで婚約者という言葉を出して驚かないわけない。


 「さっき、父上から縁談の話があって、婚約を決めた。その相手が八重桜家。お前も名は聞いたことはあるだろう?」


 驚く凪砂を横目にことの詳細を話す私。正直、今は凪砂のことよりも婚約者の事で頭がいっぱいだった。


 「聞いたことがありますが、どうしてまた……」


 「いいから、頼んだぞ」


 不思議そうに尋ねる凪砂を無視し、その日は業務に戻った。八重桜家を調べて何か厄介なことが出てこなければいいが……。


 そう思いながら、過ごす日々は何故か不安だらけだった。


 ***


 数日後。


 部屋で書類の整理をしていると、ドアがノックされる。コンコンという軽い音が聞こえた。


 「入れ」


 だいたい誰だかは予想がついている。私は顔を上げて中に入るよう命じた。


 「失礼します。千隼様。先日依頼された八重桜家の調べが終わりました」


 「忙しい時に悪いな。ありがとう」


 中に入ってきたのは凪砂だった。凪砂は頭を下げながら手に書類を持っている。

 私はそれを受け取ろうと手を伸ばすが、凪砂は何故か気まづそうな表情をした。


 「……どうした。書類を渡さないか」


 「いや、その……千隼様の婚約者の事なんですが……八重桜家に色々と問題が見つかりまして……」


 凪砂の態度に少しイラつきながら、詰め寄ると言葉を濁す。その言葉にぴくっと反応した。 


 「問題……?」


 「えぇ。まぁ、よくある話っちゃあ話なんですが。中身を見て八つ当たりしないでくださいよ。それに、事実を知った後で婚約破棄も許されませんから」


 いつにもまして真面目な表情でそう言い放つ凪砂。突然何を言い出すかと思ったら……。


 この私が婚約破棄をするわけないだろう。今までの縁談は写真を見る前や話を聞いただけで断ってきた。


 でも今回は違う。


 しっかりと相手の写真を見て、話も聞いた上で決めたのだ。


 「わかっている。お前は私のことを疑いすぎだ。さっさと寄越せ」


 凪砂のあまりのいいように奪うようにして書類を受け取る。そんな私を見てため息をつきながら部屋を出ていった。


 ……そんなにも酷い問題があったのか?


 と疑問に思いながら書類の入った封筒を空け、中身を見る。だけど読んでいくうちに凪砂の言っていたことが段々とわかってしまった。


 なぜなら……。


「……虐待?」


 そんな言葉を思わせるような数々が記されていたから。思わず呟いてしまった言葉に、首を振る。そんなわけない。


 だって写真で見た彼女はとても輝いて見えたぞ?美しい見た目に上等な着物を着ていた。

 まさに“名家の令嬢”みたいな完璧に見えた彼女が……。


 信じられないという気持ちが湧き上がり何度も何度も同じ書類を読み返す。


 信じられない……というか、この事実を信じたくないというのが本心だった。自分が惹かれた彼女にこんな残酷な過去があったなんて。


 私は久しぶりに怒りで震えた。


 実の父親からは暴言・暴力は当たり前。継母と異母妹からは自分の身の回りのことを押し付けたり、仕事のことまで任せていた。八重桜神社は紗和という娘がいるから成り立っているのに。


 ……その手柄を、異母妹の琴葉という娘が横取りしているという事が起こっていた。


 「……許せん。私の大事な婚約者をこんな目に合わせる家族なぞ……」


 書類を持っていた手に無意識に力がこもる。ぐしゃという音と共に書類は見るも無惨な姿になっていた。


 ……紗和。


 お前は、もしかしたら私に助けを求めていたのか?だから、私にはあんなに綺麗な瞳で私に訴えたのか?


 ……安心しろ。


 私は過去の事実がどうであれ、お前との婚約破棄はしない。私が一緒紗和のことを幸せにすると決めたからな。


 「やっと見つけた、愛する人よ」


  私がここまで助けたいと思った女はいない。


  私が、ここまで求めた女はいなかった。


  紗和。


 お前が、私の気持ちを……愛する心を奪ったんだ。責任を取ってもらわねばな。私は気持ちを落ち着かせるためにひとつ深呼吸し、椅子に座り直す。


 そして、机の引き出しに閉まっておいた紗和の写真を取り出し、そっと愛でる。早く……早く紗和を助け出すから。


 もう少しの辛抱だ。待っていてくれ。


 ***


 「……どういうことですか、皇帝様!」


先程まで静かだった部屋に私の怒りの声が響く。いつもなら黙って話を聞いているのだが、今回ばかりは我慢ならなかった。皇帝様とはいえ、話した内容が理解出来なかったからだ。


 「だから、先程も言ったでは無いか。今年、私の息子は15になる。そろそろ未来の嫁を探し出さなければいけない。そこで、かつてこの業務を務めた八重桜家の次女の八重桜琴葉にこの国の未来を託そうと説明したばかりだろう」


 私の怒鳴り声に一瞬眉をひそめ、心底面倒くさそうに話をする皇帝様。話していた内容はわかった。でも、なぜそんな大事なことを寄りにもよって八重桜琴葉の方に託そうとするのだ。


 あの娘は異能がほとんどなく、縁結び自体もままならないとこの前の調べでわかっていた。頼むとするなら、異能持ちの紗和の方ではないか。そう思いながらもう一度話をしようと口を開く。


 「皇帝様、琴葉は異能を使えないんです!異能を使えるのは、八重桜家長女の紗和の方で……んんっ」


 「お黙りなさい。これは私が決めたことです。私の側近が口出しすることではありませんよ」


 反論しようとしたけど皇帝様の力で口を閉ざされた。聞きたくない話があるといつもこうだ。口を開けようとするが全く動かなくて、力が入らない。


 何度も口を開けようと足掻くもそれは無駄だった。私は抵抗することをやめ、大人しく座り込む。


 「とにかく。今から八重桜家に手紙を書くのでそれを出して来なさい。それが終われば今日はもう帰ってもいいです」


 大人しくなった私を見て呆れたため息をつきながら、私の口を開けた。ようやく軽くなる自分の口。やはり私の力だけでは皇帝様には逆らえない。この国において皇帝様の命令は絶対。


 自分の思い通りにならなければこうして力づくで抑え込む。もしこのままこの業務を琴葉が行い、失敗でもしたら八重桜家が危ない。


 琴葉だけでなく紗和や両親も巻き添えになるだろう。そうなれば八重桜家の神社は潰れ、私と紗和の縁談もなくなるかもしれない。あの世間体を気にする父上だ。すぐにでも縁談を解消するだろう。


 それだけは、絶対に阻止しなければ……。


 「承知しました。では、また後日伺います」


 一気に色んな考えが頭の中を巡ったが今この場で何を言っても無駄だということはわかっていた。なので今日はこのまま引き下がることにした。


 「千隼様。この後は如何なさいますか?夜間当番も本日はないですし、このまま家に……」


 外にでると車の傍で凪砂が待っていた。私が乗り込むと、運転席でそう話す。


 「いや。八重桜家に行ってくれ。紗和には会わないが少し家を見ておきたい」


 「承知しました」


 特にこれといった意味は無いがどうしても八重桜家が気になって家の様子を見に行くことにした。紗和にはまだ会えないが家を見るだけでも何か考えが浮かばないかと思った。


 凪砂は車を走らせ、ものの数分で八重桜家に到着させた。私は車から降りて少し周りを散策することにした。


 「……ここが八重桜家。まさに立派な“神社”だな」


 「ですね。話によると八重桜家の庭には大きな桜の木があり、さらに神社周りには立派な桜が囲っているらしいです。立地も良く、見た目も美しいことから、あまり商談には困らなかったとか。ただ、最近は……」


 歩きながら凪砂はペラペラと八重桜のことを話す。それを聞き流しながら周りをゆっくりと歩く。この家の中に紗和がいるのか。


 今すぐにでも会いに行って助け出したいがそれは出来ない。この話はきっとまだ八重桜当主にもしていないはず。見ず知らずの私が中に入っていってもあっさり追い出されるか皇帝様に叱られるのが落ちだろう。


 そうなってはいけない。


 紗和にも警戒されてしまうだろうから、ここは慎重にいかなければ。


 「……様、千隼様。人の話聞いてますか?」


 「すまない。なんだ?」


 ぼうっと考えことをしながら歩いていたら、凪砂が私の前に立ちはだかる。そのことに驚き、ようやく名前を呼ばれていたことに気づいた。


 「もう一周されましたよ。どうします?もうご帰宅なさった方が良いかと」


 あまりにも真剣に家の周りを見ていたらしい。凪砂に名前を呼ばれていたことに気づかなかった。ため息混じりに帰るように促される私。

家を見るだけだと決めていたがどうしても紗和のことが頭から離れず、しばらくその場から動けなかった。


 「……悪い。もう少しだけここにいさせてくれ」


 何を思ったのか自分でもよく分からない。ただ、紗和のことだけを考えていた。本当に私らしくない。


 たった一人の女の事でこんなにも悩んでいるのだ。


 少し前の私ならきっと想像もつかなかっただろう。


 「わかりました。くれぐれも八重桜家に見つからないようにしてくださいよ」


 「わかっている」


 そんな私に念を押すように凪砂は言い放つ。こんなことして何にもならないのはわかっていた。


 ただ、紗和の近くにいたい。それだけを思っていた。


 「……紗和は、この桜の木を見ているだろうか」


 ちょうど中庭の大きな桜の木が見える位置で私は、ほとんど無意識に独り言を呟いていた。


 「どうでしょう。今は分かりませんが、きっといつもみていると思いますよ」


 そんなどうでもいい一言に凪砂は反応してくれた。


 ……今、紗和は何を思って生きているのだろうか。


 生きる希望を失わないで欲しい。


 すぐに……私が迎えに行くから。

「……帰るか」


 「そうですね」


 数分間、桜の木を見つめてから八重桜家を後にした。私は凪砂の運転する車に揺られながら、紗和のことを思っていた。


 ***


 数日後。


 私は皇帝様に呼ばれ、例の手紙を出すように命令された。


 「皇帝様。儀式のことですがやはり琴葉ではなく紗和の方を……」


 「まだそんなことを言いますか。もうこれは決定事項です。向こうもきっといい返事をくれますよ。……お前の婚約の話も一緒に」


 このままでは儀式は本当に悪い方向にいってしまう。そう思って言ったがあっさりとそれは拒否された。琴葉に決まったと皇帝様が言うのだから、それはもう曲げないだろう。


 何があろうと自分の意見を曲げない皇帝様。


 私のことを黙らそうと、婚約の話を持ち出してきた。その話に、内心身構えたが別に深い話はないらしい。


 「……その話には構わないでください。今、父上と話を進めてる最中です。余計なことはしないでください」


 紗和には危害が及ばないようにと忠告の意味で話した。正直、こんなことを言ったら殺されるかもしれない。皇帝様に歯向かうようなことは言ってはならないのは暗黙の了解だ。


 こんなことを言えるのは、おそらく私しかいないだろう。


 「……そこまで心配しなくても長女の方など気にしてないわ。とっととその手紙出してきなさい」


 「かしこまりました」


 そんな私を見ながら冷たく言い放つ。


 その一言一言に悪意のようなものを感じ、今すぐにでも目の前の人を殺したくなった。私の大事な婚約者をこんな風に言われて黙っていられない。だけど、これ以上面倒な方向にいって欲しくなかったので震える声を絞り出し、敷地を後にする。


 「……何が気にしていないだ!凪砂、皇帝様の話を聞いていたか!?人の婚約者をあんなふうに言いやがって……!」


 「まぁまぁ。気持ちは分かりますが、皇帝様になにかしたらただじゃすみませんよ」


 どこにもぶつけようのない怒りが込み上げてきて、用事についてきた凪砂に気持ちをぶつけてしまった。そんな私を見て苦笑いする凪砂。


 「それは分かっている!だから殴りたくなった気持ちを抑えて下がってきたんだ!」


 八重桜家の中でも色々と言われているであろう紗和は、こんな外の世界でも言われなくちゃいけないのか。八重桜神社は紗和のおかげで成り立っているというのに。


 「わかっているなら良かったです。よくもまぁあんなふうに言われて殴らずにすみましたね」


 「……凪砂。お前、面白がっているだろう?」


 怒り狂う私をよそに凪砂はなにかをこらえるようにして話している。そのことに気づいた私は凪砂を睨みつけた。


 「申し訳ありません。千隼様が一人の女性に対してそこまで思っているなんて……と思ったら、意外すぎてなんか堪えてしまいました」


 申し訳ない、と謝りながらもそんな風には聞こえない声で話す。確かに幼い頃から一緒に過ごしてきた凪砂にしてみたらこんな状況は信じられなかっただろう。


 自分でも時折信じられないという気持ちになる。


 でも仕方ない。写真を見ただけで運命的な何かを感じ、愛してしまったのだから。これは運命に従うしかないのだ。


 「お前、殺されたいのか?」


 そんな凪砂を見て、一瞬殺意が芽生えた。


 こんなにも真剣なことなのに笑っている凪砂を見て、殺してやろうかと思ってしまった。


 「そんな物騒なこと言わないでくださいよ。千隼様がそう言うと本当に殺されそうで恐ろしいです」


 郵便局が見えてきた道で、立ち止まりながらそんなことを言う凪砂。それは本当に思っているようで、少しばかり焦りが見えた。


 「ほら、郵便局につきましたよ。話してないで用事を済ませてきてください」


 凪砂のことを睨み続けていると、話を逸らし郵便局を指さす。こういう時だけ調子が良い奴だ。こんな話をしているというのに命令口調で言いやがって。


 「お前に言われなくても見えてるわ。用事済ませるまでそこで待機してろ」


 「かしこまりました」


 怒りを込めながら言ったのに凪砂はどこかほっとしたような表情を浮かべる。そこまで私のことが怖いか。と、心の中で吐き捨てる。


 確かに周りからはよく怖がられるけど、自分が大切にしたい人やものは一生大事にする性格だ。凪砂のことも大事にしているつもりだったのだが……。


 「ったく、調子のいいやつだ」


 無意識につぶやきながら郵便局に入り、用事を済ませた。手紙を出すだけなので一瞬で用事が終わる。


 ここまで来るのに時間はかかるのに……。


 人使いの荒い皇帝様だ。そんなことを思いながらため息を着く。郵便局を出て、車を止めてある場所まで凪砂と歩く。帰りはお互い無言だった。


 気まづいとかそういうのはないのだが、こうなるといつも面倒くさい方向にいってしまう。


 「……ん?凪砂、なにか気配を感じなかったか?」


 すぐ近くの曲がり角付近まで来た時。ふと誰かの視線を感じて、立ち止まる。誰かに見られているような、そんな気配だった。


 「気配、感じますね。一体どこから……」


 私の異変を察知し立ち止まる。凪砂もどうやら気配を感じたらしい。辺りを見渡しながら眉間にしわを寄せて警戒していた。


 「周りの奴らは何も感じていないのか。だとしたら妖……。もしくは、悪事を働こうとする人間だな」


 私もつられるようにして辺りを見渡す。だが、周りには人が歩いているだけで妖や猛獣などはいない。


 「きゃあ!」


 警戒しながら周りを見ていた時。


 曲がり角から女の悲鳴が聞こえた。その直後にドサッという人の倒れた音が聞こえる。


 「おい、行くぞ!」


 「言われなくても……うおっ!」


 何が起こったのか確認するため、すぐさま音のした方へと向かう私。凪砂もついてくるけど、曲がり角から勢いよく“何か”が飛び出してきて、それと凪砂はぶつかりそうになる。


 「大丈夫か!」


 一瞬何が起こったのか分からなかった。


 「大丈夫です。それよりも、あの男、女物の巾着を持っていましたね」


 あの“なにか”と一瞬すれ違っただけなのに凪砂はそんなことを言った。私はあまりよく見えなかったが、凪砂が言うのなら間違いないだろう。


 「あの男を追いかけろ。そして捕まえろ」


 「かしこまりました」


 おそらくひったくりだろう。


 ここら辺はひったくりや誘拐など物騒なことが起こりやすい。町外れにあるという理由もあるだろう。男を追いかけるのは凪砂に任せ、私は被害者であろう人の所へ向かう。


 「大丈夫ですか?」


 声をかけながらその人に手を差し伸べる。その人は女性でとても小柄な人だった。なんだかとても若く見える。


 もしかして子供だろうか……と思いながらその女性の手を取った。


 ……その瞬間。


 息が、止まるかと思った。だって。目の前にいる人は、私の婚約者である紗和だったから。

 なぜ、どうしてここにいるのか分からない。最初見た時は全然分からなかった。


 写真と実物の見た目が違いすぎて、顔を正面から見ないと分からないほどだった。私は驚きを隠しながら、何とか紗和を起こそうとする。


 その間も心臓は激しく脈打っていて、緊張していた。


 「何かお困りでしょうか?良ければお手伝いします」


 最初から助けるつもりで行ったのだが、あまりにも緊張していたせいか変な言い回しになってしまった。


 ……なんだ、良ければお手伝いしますって。


 紗和と初対面なんだぞ。上から目線すぎる。一瞬にしてそんな考えだらけになる。本当に紗和のことになると考えがまとまらなくて、変な方向にいってしまう。


 「お、お見苦しいところをお見せしてしまい申し訳ございません。じ、実は先程見知らぬ男に巾着をひったくられまして……」


 そんな考え事をしていると、紗和は私の手を取りながらゆっくりと立ち上がった。遠慮しているのか顔はあげているけど目線は泳いでいる。

 そんな姿がなんだか愛おしいと思ってしまった。おそらく紗和はまだ私のことは知らされていないだろう。名前を言っても分からない。


 紗和の婚約者だと言っても分からない。私は紗和のことを色々知っているのに、もどかしい。


 ……そんなことを考えている場合では無いとわかっていても。目の前の女性がとても愛おしい。


 「わかりました。では、ここで少しお待ちください。“必ず貴方の巾着を取り戻します”」


 紗和から事情を聞いた私は、平静を装いながら返事をする。やはりあの女性物の巾着は紗和のものだったか。凪砂はどうしただろう。


 あの男を捕まえることはできただろうか。内心怒りが湧き上がるが、今は紗和の巾着を取り戻さねば。   私は、ある異能を使って、紗和の巾着を取り戻すことにした。凪砂の事など待ってられん。そう思いながら、私は両手を強く叩く。


 ぱんっ!


 という軽い音が辺りに響いた。そして、紗和の巾着を頭に浮かべながら、念を込める。私が使える異能は、『超強運』『雷光槍』『木漏れ火』。

 そのうちの一つ、超強運を使って紗和の巾着を取り戻す。この異能は“自分が言ったことを現実にする”

 どんな状況でも自分の有利な方向に運を向けることができる能力。


 だから、この異能があれば大体は自分の思った通りにことを動かせる。なんなら、人も自由に動かせる。悪用厳禁な最強で最恐な異能だ。 


 この異能があるからこそ軍事と皇帝様の側近を勤めることができていると言っても過言では無い。念を込めると、私の手の中に一瞬だけ見えた巾着が入っている。


 無事に取り戻せたことにほっとしながら、紗和に渡した。


 「貴方の巾着はこれですか?」


 「は、はい。そうです!」


 私の手の中にある巾着を見て驚く紗和。だけど嬉しそうに、心底ほっとしたかのような表情をした。その表情がとても可愛くて思わず見入ってしまう。


 「良かった。ありがとうございます」


 「困った時は人に頼るのも悪くないですよ」


 そんな自分を振り切るように紗和に言った。自分らしくないとわかっていながらも紗和のこととなるとこんなにも必死になる自分がいた事に驚く。


 「はい。本当にありがとうございます。助かりました。何かお礼を……」


 「お礼は結構です。私の意思で貴方を助けたかっただけなので。それと、手紙を2つ、受け取っても良いですか?」


 「……え?」


 紗和がお礼をしたいと言い出した。だけどこれ以上長く一緒にいてはダメだと思い、それは断る。

 異能を使った時、つい巾着の中身が見えてしまったことを思い出し、変わりにと手紙を受け取ることにした。


 紗和は戸惑っていたけど、私は封筒を受け取ろうとする。おそらく皇帝様宛の手紙だろうから私が受け取った方が早いだろう。


 「その封筒、実は私宛てみたいだったので、直接受け取ります。大事なものを守ろうとしてくれて、ありがとうございました」


 「あ、ちょっ……!ひゃ!」


 もう少し紗和といたかったが、時間も時間なので凪砂がいる所まで移動することにする。私は、木漏れ陽を使い、風を発生させ、その場から姿を消した。


 「やっと見つけた。愛する人よ」


 姿を見て確信した。紗和は私の運命の人だと。そして、この婚約を逃してはいけないのだと。私はもう……紗和を心から愛してしまっていた。


 ***


 「失礼します。父上。話とは一体なんでしょうか」


 ある日の非番。


 今日は久しぶりに仕事がない日なのだが、父上に呼び出された。書斎の方に向かい、父上と向かい合うように座る。


 「お前に報告だ。千隼と八重桜紗和との縁談が正式に決まった。八重桜当主も近日のうちに長女の方に話すと返事を貰った」


 「そうですか。ありがとうございます」


 父上は私と目を合わせながら真剣に話した。紗和との婚約が正式に決まったと聞いてとても喜ばしい。これでようやく、紗和のことをあの家から助け出せる。私の元で愛することができる。


 「ただ、少し話がややこしい事になった」


 「……どういうことですか?」


 嬉しい気持ちを抑えながら父上の言葉に耳を傾ける。なんだか嫌な予感しかしない。父上がそういう時は大体良くない話だ。


 「皇帝様から例の行事のことは聞いたな?」


 「……はい。ご子息の未来を八重桜家に託すことですよね」


 「そうだ。それでだ。まだ噂程度だがそのご子息の婚約者候補に八重桜琴葉が入っているらしい」


 「……は?」


 父上の話を聞いて理解が追いつかなかった。言葉の意味が分からなかった。


……ご子息の婚約者候補に八重桜琴葉がいる……?


 なんでそんなことになっているんだ……?


 頭の中は混乱するばかり。


 「ただ、向こうは婿取りを希望している。確率としてはかなり低いが、そういう話もあったと頭の隅に置いておいて欲しい」


 理解が追いつかない私をよそに父上は話を進める。

 おそらく皇帝様は琴葉に異能がないことを知らない。八重桜家の噂は琴葉に異能があり、それで縁結びが成り立っていると言われていた。


 それを信じこみ、皇帝様は琴葉のことを花嫁候補にしたのだろう。紗和の異能のことは本当に誰も知らないらしい。父上は紗和が異能持ちだということは知っている。


 「……わかりました。頭の隅に置いておきます」


 あまりにも信じられない話でそう言うのが精一杯だった。父上に頭を下げて書斎を出る。呆然としながら自室にこもり、紗和のことを考えていた。何もやることがなかったのでぼうっとしていたらいつの間にか寝落ちしていたらしい。


 私は、夢の中で紗和に会っていた。


 『ここは、どこだ……?』


 周りは真っ暗で何も見えない。


 ただ、ひとつだけ見えたのは、暗闇の真ん中に立っていた紗和だった。紗和は私の存在に気づいてないのか、不安そうに辺りを見渡している。

  そんな姿を見て胸が締め付けられた。


 あの時助けた紗和が今同じ夢の中にいる。そんな紗和は、やはり見合い写真と違ってみすぼらしい着物を身にまとい、手足は痩せこけ、赤切れまみれだった。


  その姿がとても痛々しい。私はそっと手を伸ばし、声をかけようとした。だけど体が上手く動かない。ここでも紗和を助けられないのか。悔しいと思いながら、心の中でつぶやく。

 紗和はきっと誰かの助けを求めている。今ここで見放す訳にもいかない。


 『もう少しで、迎えに行くよ』


 そうつぶやくことしか出来なかった。本当なら今すぐにでも助け出したい。私の嫁として華月家に迎えたい。


……紗和。


 もう少しの辛抱だから。もう少しだけ、頑張ってくれ……。


 そこまで思ったあと、暗闇だった空間に光が差し込んだ。気づいた時には紗和はいなくて、自室で寝落ちしていたのだと気づいた。


 目が覚め、自分の見た夢にため息を着いていると、ふと左手の小指に違和感を覚えた。他の指は何も感じないのに、左手の小指だけ何かに引っ張られるような感覚になっていた。


 「……なんだ、これは?」


 ほとんど無意識にでた言葉。


 左手の小指を見るとなんとそこには赤い糸がくくられていた。


 その糸はどこまでも伸びていて、まるで“運命の赤い糸”のようだった。


 だが、今までこんなものが現れたことはなく私は警戒心ばかり強くなる。辺りを見渡すも私しかこの部屋にはいない。どうやら妖の仕業では無いらしい。


 だとしたら誰だ……?


 「もしかして、紗和か?」


 ふとそんなことを思う。


 紗和には縁結びの異能がある。どうやって人の縁を結んでいるのか分からないが、以前、異能者は赤い糸が見えて、それを上手く使って縁結びしていると聞いたことがある。


 この糸が紗和と繋がっているなら納得だし、それが本望だ。左手の小指を大事に見つめていると、その糸はゆっくりと消えていく。


 不思議な出来事に驚きながらも紗和への愛を再確認した日でもあった。


 ***


 「ごめんください」


 紗和の夢を見た数日後。私は、とある家の門を叩いていた。隣には凪砂もいる。


 「はーい。今行きます」


 中から甲高い女の声が聞こえた。その声を聞いただけでぞっとする。紗和にはいつも酷いことしてる奴の声を聞いただけでもこんなに気味が悪いのか。


 「……凪砂。車の中で待っていろ」


 「承知しました」


 女が玄関を開ける前に凪砂にそうつぶやく。凪砂は私の行動を理解したのか、素直に引き下がり、車に戻って行った。


 それと同時に玄関が開き、中から年老いた女が出てきた。


 「どちら様でしょう?」


 女は見知らぬ私を上から下まで舐めまわすように見ると、怪訝な表情で伺う。


 「こちらに八重桜当主はいるか?私は華月千隼と申す。私の名前を出せば当主はわかるだろう」


 「……華月、千隼……様ですか?少々お待ちください」


 私が名を挙げても女は怪訝な表情を浮かべていた。まだ八重桜当主は紗和の婚約のことを知らせていないのだろうか。


 まぁ、今日の訪問のことは伝えていないからな。ここは八重桜家。私は今日紗和と婚約をし、この家から連れ出そうとしていた。


 どうしても皇帝様の行事の前にこの家から連れ出したかった。紗和が琴葉のことで巻き込まれないように守りたかった。皇帝様は行事の全てを琴葉に任せ、花嫁候補に入れていることを明かした。


 だがしかし、八重桜当主は花嫁候補のことを受け入れていないという。別の婚約者を婿にしようと考えていた。


 なので八重桜家は今、面倒くさいことになっている。皇帝様の言うことは絶対守らなければいけないのだが、当主は話を保留にしてるのだ。

 異能持ちの紗和は放ったらかしで私との婚約は決まった。だからこのタイミングで紗和を連れ出そうと考えたのだ。父上もこのことは理解してくれ、紗和を受け入れる準備は整っている。


 「すみません。夫は今取り込み中でして……また後日日を改めてもらえると助かります」


 1度中に入り、話をしたのだろう。女は申し訳なさそうに謝るがどこかそわそわと落ち着かない様子だった。その様子が気になり、少し中の方を覗く。


 「失礼。中を少し見ていってもいいですか?当主が中にいるなら、話をしたいのですが」


 妙な胸騒ぎがして、自分も落ち着かなかった。中を確認したくて無理やり入ろうとする。だけど、案の定女がそれを阻止した。


 「それはやめてください!今取り込み中と言ったでは無いですか!なんなんですか、あなたは!」


 無遠慮な私に怒りを見せる女は、玄関に立ち塞がる。どうしても中には通したくない見たいで、頑なに動こうとしなかった。やはりおかしい。


 この様子だと、中で何かが起こっているのでは……。


 もしかしたら紗和が危ない目にあっているかもしれない。何故か分からないがそう思ってしまった。


 「私は華月千隼だ!いいからここを通せ」


 怒りに任せ、女を力づくでどかし、無理やり中に入る。すると、1番奥の部屋から騒がしい声が聞こえた。女と男の声が聞こえる。


 怒鳴っているのか、とてもドスの効いた声だった。それと同時に何やら鈍い音も聞こえる。女は私を止めようと必死になるが、止められない。


 私は遠慮なく中に入り、声のする方へと向かった。紗和。


 どうか無事でいてくれ……。


 心の中でそう祈りながら廊下を進む。


 「お待ちください。ご主人に確認を取ってからと仰っているじゃないですか!勝手にあがられては困ります!」


 そんな声を無視し、突き当たりまで行くと。私は、信じられない光景を目の当たりにし、絶句した。


 「……さ、わ……」


 声にならない声が私の口から出た。だらん、と力が抜けきった紗和を無理やり琴葉が持ち上げ、今にも殴りかかろうとしていた。それを八重桜当主が止めに入るが、もう遅い。


 私は……怒りで震えた。


 なんでこんなことになっているのか分からない。だが、そんなことはどうでもよかった。


 「……これは、どういうことでしょうか?」


 怒りの籠った声が静かに廊下に響いた。自分でもこんな声が出せたのかと驚くほど低い声。その声に反応したのか、紗和はゆっくりと目を開け、私を見る。その目は驚いたように大きく見開いた。


 「こ、これは……その……紗和が勝手に転んだだけで……」


 怒り狂う私をよそに言い訳を並べる八重桜当主。琴葉はまだ状況を受け入れられていないのか固まったままだった。私はゆっくりと紗和の方へと近づく。


 「あ、あなたは……」


 「勝手に転んだだけで、こんな風に怪我をしますかね?だいぶ重症に見えますが」


 言い訳を並べる当主に怒りを通り越して呆れてしまった。


 「そ、それは……」


 「私は、あなた方のしたことをほぼ全て知っています。言い訳なんてみっともない。せっかく皇帝様があなた達に大きな仕事をお願いしようとしているのだ。期待を裏切らないでくれ」


 戸惑う当主にばっさりと言い放つ私は、もう容赦しない。私の大事な婚約者をここまで傷つけるなんて……。


 「ちょっと。お父様、これはいったいどういうこと?なんでお姉様があの美しい方に抱かれているの?あの方はどなた?」


 状況を理解していない琴葉は、当主に尋ねる。だけど怒りで震えているのか、何も答えようとしなかった。


 「このお方は……」


 「失礼。自己紹介が遅れました。私は華月千隼と申します。……八重桜紗和様の、婚約相手になります。以後、お見知り置きを」


 「こん、やく……?お姉様が……?」


 私はため息をつきながら自己紹介する。するとみるみるうちに琴葉の顔色が悪くなっていった。信じられないのか、何度も私と紗和を見る。


 「お父様、本当なの?ねぇ、お父様!!」


 「ああ。本当だ。近々お前達に婚約相手を伝えようと思っていたが、まさかこんなことになるとは……」


 動揺を隠しきれない琴葉の姿はみっともない。当主も当主で、呆然としていた。そこにすかさずまた言葉を投げつける。


 「さて、八重桜当主。このこと、皇帝様に話しても良いでしょうか?なぜ私の紗和がこんな目にあっているのか、話してもらいますよ」


 「ま、待て!それは……それだけはやめてくれ!じゃないと……八重桜神社の名誉に傷が……!」


 こんな時でも当主は自分の家の名誉のことばかり考えていた。


 「……貴方は、この後に及んで自分の事ばかり。もう結構。紗和は私のことろへ引き取ります。話し合いは後日という事で」


 だんだんと意識が朦朧とする紗和を抱きしめながら冷たく言い放った。紗和を迎えに来ただけなのにこんなことになっているとは思わなくて。この家族のことは信用してはならないと改めて理解した。


 「華月様。どうか、お待ちを……!」


 「いや、待たぬ。もうお前たちは終わりだ。私を怒らせたこと、後悔するが良い」


 私の大事な紗和をここまで傷つけたこと、一生後悔させてやる。


 そう心に誓いながら、紗和を抱き上げた。


 その瞬間、紗和の体重が驚くほど軽いことに気づく。みすぼらしい姿は痛々しくて見ていられない。


 そのまま紗和は腕の中で意識を手放した。大事に、ゆっくりと私は八重桜家を後にした。やっと、迎えに来れたぞ、紗和。遅くなってすまない。腕の中で眠る紗和を見ながらそう心の中で呟いた。

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