「アタイのために争わないで!」
夕陽に燃える河川敷を、少女の悲痛な声が通り抜けていく。
彼女の名は、長谷川マチ子。
その華やかな容姿とは裏腹に退廃的な微笑みが口元を飾る、トサカつきの左右でまとめたソバージュヘアからは妖気すら薫る小学二年生である。
二つ名を『アリジゴク地獄の長谷川』といった。
彼女の家は、江戸の世より代々、アリジゴクの巣に小石を埋め込み、アリさんが滑らないように足場を作ってあげる事を生業としていた。宗家二代目候補の第二席。二代目長谷川ジゴク丸、二百歳の時の子である。
(カゲロウの)子供が餓え死ぬ様を執拗に観察し、指すら差して嬌声を上げる。忌まわしきこの一族は、最後の将軍徳川慶喜の「うっせぇわ」という一声によって、大政奉還のついでに葬られたが、現在もひっそりと受け継がれている。
神社の境内から「薄ら馬鹿!ゲロ!薄ら馬鹿!ゲロ!」という鳴き声が聞こえてきたら季節はそろそろ梅雨。山梨県の海南市では、この声を品評する会が催され、例年十五名程の死者を出す。特技はゴリラの真似。
「ごめんなさいねアタイのせいよ。二人のココロ弄んで…」
そんな長谷川マチ子に対して、
「クワイエットッ!」
と、怒鳴り声を上げたこの男。長谷ヒロ志につき。
頑健な肉体にコブラ柄のビキニが眩しい健康な男だ。研ぎ澄まされた表情筋は、汎ゆる過酷なポージングでも笑顔を崩さない。フルタイムビキニという荒行を二十年間実践する社会人二年生さ。
人は彼を『おもしろTシャツの長谷』と呼ぶ。
熾烈な就職競争にビキニひとつで乗り込んだのさ。だけど当然のごとく不振。もう服を着るべきなのかと悩みぬいた彼だ。筋肉も泣いていた。絞っても絞っても眠れない夜。趣味のプロレス観戦中、ヴィランのレスラーから天啓を得たのさ。
『着ないなら、描けばいい』
そうしてムキムキえっちなボァディに施したのは着化粧。ボディペインティングに目醒めた彼は再び立ち上がる。
就職活動という荒波に向け再び漕ぎ出した。それでもやはりというか、日本社会はまだまだ彼を受け入れてはくれない。
スーツ柄ではダメだった。
ジャケット柄も当たり前ネバー。
ヤケになった三度目の正直。
白Tシャツに『裏地』と書き込んだ柄で挑み、面接にて「首のタグが痒くて」と恥じらってみせた。
「なんかキュンしちゃったから、仕方ないね」
合格、だった。
そうして政治家の秘書となったのが二年前。先生の元で研鑽を重ね、いずれは国政にビキニひとつで飛び込む構えだ。
余談だが、名古屋県の愛媛市には『コブラの会(意味深)』の本部があり、準会員である彼の就職を称え銅像が据えられている。
その功績にあやかろうと、盆や暮れは就職困難者で大いに賑わい、例年十五名程の死者を出す。フェイバリットアーツはノーザンライトスープレックス。
「もうとっくにオマエの問題じゃない!」
怒号をあげた長谷ヒロ志。
「応ッ!応ッ!!これはワシ等二人の喧嘩じゃあああああ!」
真っ直ぐな瞳で見つめ返す、一匹の益荒男。
漢の名は谷川シュン太郎。
誰が言ったか、『ペットロスの谷川』。魑魅魍魎が跳梁跋扈する『あの』界隈を肩で風切る高校二年生、おばあちゃん子。
シュンてば魂に赤フン巻いた日本男児。漢っていうかもうオス。例えばね?こんなトキあった。
何時だっけ?ショージキ時間とかヨク分かんないけど、みっちゃんが揶揄われたんだ。みっちゃん知ってる?おな小のコ。
「みっちゃんみちみちウンコたーれてー」ってヤツ。そっちは知ってる?もったいないからってアレ。歌っていうの?ヨク分からないけど。ソレされて泣いたトキ、シュンめちゃイキったの。「漢らしくねぇ!」ってさ。
「ワシがみっちゃんなら、みちみちの時点でウンコ食べとる!」
なぁんて、歌詞三行省略しちゃったの。そうゆートコ、やっぱオスなんだなって。
ほら、シュンのパパとママさ、「四十九手目を探す」って旅に出たっきりだから、実質おばあちゃんが育ててんじゃん?だからシュンてば全然、おばあちゃんにドタマ上がんなくって。
だってだって、益荒男怪光線、まだ一回も当てられてないんだもん。
だから奥義はまだ相伝して貰ぇ……っ!ぁん………な、くって……い、イキるのゼンブ、修行って感じでさ?『あの』界隈、伸し上がった。
でもKAWAIIトキ、あったんだよ?
寿命でさ?ネコ亡くなったトキ、シュン、悲しくてずっと一緒に居たくて。でも漢がいつまでも、御遺体持ってるワケ、いかないじゃん?シュン、漢らしくないの、嫌いだから。
だからバイクに磔にして「世紀末じゃあああ!」って。
あのコのコト、永遠にしちゃった。
今でも千葉県のシカゴ市にいけば見れるトキあるよ。シュンの心、まだ悲しままなんだ。あのトキのままだから、例年十五名程の死者を出す。好物は馬刺し。
「ワレまとめたるぞクラァ!シロクロつけたらああああ!」
白熱する谷川シュン太郎。いまにも始まろうとしている大一番を、樹上から冷ややかに見つめるひとつの影。
「くすっ、やっぱり『表』側は脆弱ぅ。あの程度の気しか練れないんだぁ…」
腰まで届く黒髪。切れ長の瞳をニヤつかせ、その薄い唇は他人を小馬鹿にしたように歪む。布面積の薄い衣服から覗く蠱惑的なバスト。
Tシャツにプリントされたそのアニメキャラクターよりも、明確に豊満なバスト、ヒップ。
そして、ウェスト。
度の強い近視用メガネでも、補正しきれぬ細い眼光は鋭く。「デュっフぅ」と吊り上げた頬肉の豊かさが、その瞳を更に尖らせた。
「ざぁ↑こぉ↓」
容姿からは想像もつき難い程の高い高声に、その不気味さの増長は更に増す。
その影はかつて、長谷部マコ都と呼ばれていた。
『スケ番ポリスの長谷部』、まだ人だった頃の字名である。
中二の頃、ユーチューバーの少年週刊誌のしかもレビューでしていた。しかも警察の服というより帽子の方でだった。
「実にけしからん!」と、彼が配信が言うとする。漫画とかのスケベの弱いやつ。パンチラなどとか転げて胸に触るなどだったとしよう。すると続く彼の台詞は「これは本官が押収しておく!」である。だからだった。因むなら彼は警察官(当然だが)ではなく、それが彼が「本官」と自称する(周りからも言われた)訳だが、決め台詞を決めると認知されやすい。つまり作戦だからだ。だから『スケベ番長ポリス』の理由となる。平均視聴回数は30いかないくらいで自らのやつだ。
そうして彼は人を捨てた。仄かなスケベを過剰摂取し過ぎたともいえるだろうか?
先ずどうやって人を捨てたかというと、つまり性欲だ。部屋の隅に居たとする(ここが結果)。その部屋の隅は上下左右にしかなく(四点)、右下にあったが(こちら側から見てとなる視点だ)上に向けて起こった。もちろん彼はうつ伏せだった訳ではなく、ここから起こった(説明を逆から巡る位置関係が解り易いかもしれない)。だからここから開始で、これを反対にしなければならないのだ(こちらからみているから)。
より詳細な位置関係を説明するとなれば中世あたりの県のナーロッパ市まで遡っても説明できないであろう。
そうして彼のように人を捨てた儀式は、例年十五名程の死者を出す。好きな女性のタイプは小生意気な魔女っ子(シンクロ率が超える)。
「パォパォユユユ。ピンフデピース…」
「やめろ、この辺一帯ごと全部吹き飛ばすつもりか…」
おもむろに立体術式を編みはじめた長谷部を制する、謎の声。
「魔力を無駄にするな。勝った方を狩る」
声の元は『冷やし茶漬けの長谷園』。
なんか県のどっかに工場を構える、濃い目に作られたお茶漬けの元である。製造二年目。
商品名についての裁判で、例年十五名程の死者を出す。本当は生きてない。
「おっ始めようぜ!長谷よぉ!」
「ハッキリさせよう!谷川ぁ!」
時間いっぱい。いよいよ喧嘩が始まる。
「長谷川って苗字の事だ!」
「応ッ!長谷川じゃ!」
先に動いたのは、意外にも『おもしろTシャツの長谷』。
「ハセ側なのかタニ側なのか!」
しかし僅かにも動揺する事なく、真正面から受けんと構えた『ペットロスの谷川』。
「タニガワ、側じゃ!」
長谷川は、果たして長谷側なのか、谷川側なのか。
結論は、読者の想像に委ねる事とする。