尾張陥落の知らせを受け、三郎達は急ぎ軍議を行った。
「現状を整理致しまする」
三郎が取り仕切り、軍議を進める。
「ここにいる敵、徳川兵は先の戦にて数を減らし、一万程となり申した。守綱様を始めとした徳川諸将がこちらに靡いた事が大きかったようです。我らの数はおよそ二万です」
「されど、尾張が陥落した」
三郎に続き、信康が続ける。
「恐らく伊達はこちらへ兵を進めるであろう。いや、恐らくすぐそこまで来ている。我々は退路を絶たれたのだ」
暫く沈黙が続く。
しかし、その沈黙を三郎が破る。
「退路はありまする」
三郎は机上の地図を指しながら言う。
「北、上田等の甲斐、信濃の辺りはまだまだ真田殿の勢力圏。上田の戦がどうなったかの知らせはまだありませぬが、そう簡単には負けぬ筈」
三郎は駒を動かしながら続ける。
「軍を二手に分け、一つは本栖湖の方から最短距離で甲斐へ。もう一つは富士川から遠回りして甲斐へ入り、中山道を通って西へ行きましょう」
その三郎の策に島津義弘が口を開く。
「敵は追撃してくるぞ。それはどうする」
「……そこについては考えがありまする」
「秀忠様。敵が二手に分かれたとのことにございます」
「そうか。信康殿はどちらに行ったか分かるか?」
天海は頷く。
「徳川の旗は本栖湖へ向かう少数の一団にあるそうです」
「では、そちらに……」
しかし、天海は首を横に振る。
「いえ、信康様を守るには数が少なすぎまする。そちらは囮。恐らくは富士川を進む一団にいると思われまする」
「成る程。流石は天海殿」
秀忠は立ち上がり、号令を飛ばす。
「これより全軍で富士川を進む敵を追撃するぞ!」
「いたぞ! かかれ!」
富士川を伝って撤退する豊臣方を徳川勢が強襲する。
「逃げよ! 甲斐へ入り、味方と合流するのだ!」
しかし、富士川沿いの土地は狭く、連戦続きということもあり、兵の士気の低さも相まって、豊臣方は容易に徳川勢に追いつかれる。
富士川は豊臣方の兵の血で赤く染まった。
「引け! ここは儂が抑えよう!」
渡辺守綱が僅かな手勢を率いて徳川勢を相手取る。
「はぁっ!」
「ぐっ! 手強い! この裏切り者め! 囲め! 一気に仕留めよ!」
渡辺守綱の活躍により、敵は足を止める。
しかし、獅子奮迅の働きをする渡辺守綱であったが、徐々に数を減らし、最後には一人になってしまう。
「さぁ、大人しく武器を捨てよ。今ならばまだ間に合う」
徳川勢の将に降伏を促される守綱。
だが、守綱は屈しなかった。
「この渡辺守綱。そう簡単には屈しぬぞ」
「……簡単に敵に寝返った奴がよく言うわ。かかれ!」
徳川勢が一気に攻めかかろうとしたその時。
「今だ! かかれ!」
「おお! 信康様!」
守綱に集中し過ぎたせいで、徳川勢は引き返してきた徳川勢に容易に奇襲を受けた。
「くっ! これはたまらん! 引け! 無駄に兵を死なすな!」
その奇襲に、徳川勢は兵を引く。
この追撃戦は、一旦は落ち着いたのだった。
「三郎殿。感謝致す」
信康の甲冑を身にまとうは、三郎であった。
「守綱様。ご無事で何より。影武者というのも、中々疲れますな」
「いえ、信康様のお顔を知っている者は少ない。十分です。さて、本栖湖を抜ける本当の信康様は、ご無事でしょうかな」
三郎は頷く。
「無論に御座います。あの天海がいるならば、そちらへは追撃の兵は回しませぬ。島津殿や立花殿も居られます。無事にたどり着けるでしょう」