「進め! 敵は弱腰だぞ!」
徳川兵は豊臣方が逃げた先、蒲原へと兵を進めた。
「数は一万程か……初戦で多くの兵が逃げたか、討ち死にしたようだな」
渡辺守綱は敵陣を見据え、そう言った。
徳川十六神将の一人に数えられるこの名将は秀忠と共にいた。
数々の戦で先鋒を務めた守綱はこの戦でも先鋒を務めたのだった。
「ん? あれは……」
兵を進める守綱の視線の先には本多忠勝の旗印が。
さらには井伊直政の旗印まであった。
「……相手にとって不足は無い……が、あの二人を相手取るのは気が引けるな……」
しかし、守綱は槍を構えた。
「だがここで引くわけにも行かん! 全軍! かかれ!」
徳川軍と豊臣方は蒲原にて再度ぶつかった。
しかし、豊臣方の本多、井伊勢の奮戦凄まじく、徳川勢は突破できずにいた。
それに、かつての徳川家重臣に槍を向ける事に後ろめたさを感じているのか、兵の士気は高くなかった。
「守綱! 今帰参すれば咎め無しだ! 我等に降れ!」
「っ! 本多殿! 何を申されるか! もはやこの戦は我々の勝ち! 簡単にそちらへは靡けぬわ!」
乱戦の最中、本多忠勝と渡辺守綱は遭遇する。
すると、本多忠勝は笑いながら言う。
「本当にお主らの勝ちかな?」
「何だと?」
すると、守綱は後方が騒がしい事に気がつく。
しかし、蒲原の戦場は狭く、徳川方は迂回出来ない程に陣を横に広げていた。
前方にいる敵が迂回して背後をつくことは不可能なのだ。
「一体どういう事だ……」
後方から聞こえる音には剣戟の音もあった。
確実に奇襲を受けていた。
「さぁ、どうする? 守綱」
「くっ……」
「かかれ! 狙うは敵の総大将の首のみだ!」
三郎は井伊の赤備えと共に徳川勢へ攻めかかる。
今前線で渡辺勢と戦っている井伊勢は井伊勢では無く旗印だけ井伊の物であった。
突然の奇襲に徳川兵は大混乱に陥る。
それだけでは無かった。
「かかれ! 島津の戦をみせてやれ!」
「立花の武勇、とくと味わえ!」
初戦で散り散りに逃げた徳川兵は島津と立花の兵であった。
しかしそれらは逃げた演技であり、全ては緻密に計算された敵陣後方奇襲策であった。
敵に追撃されぬように散り散りに逃げる雑兵達に紛れて島津義弘と立花宗茂は密かに戦場を脱したのだった。
島津が得意とする釣り野伏せの大事な役目を義弘に任せたのだった。
突然の奇襲に、徳川勢は混乱する。
「な、何だと!?」
「くそっ! 背後からは立花、島津。山からは井伊の赤備えだと!? 逃げ場が……」
すると、混戦の最中、秀忠の陣に井伊勢が到達する。
井伊直政の陣の中には織田三郎がいた。
三郎は秀忠の本陣に、単身乗り込む。
「徳川秀忠! 覚悟!」
「ここにはおらぬぞ」
秀忠の陣には、秀忠では無く、南光坊天海がいた。
天海は一人、落ち着いて座っていた。
三郎と天海。
信長と光秀は戦場で対面する。
「これはこれは、商人の太郎殿では無いか」
「白々しいな。秀忠はどこだ!」
三郎は刀を天海に向ける。
「答えられぬな」
「予想はつく。ここにおらんと言うことは、追撃させずに後方に待機させたか」
天海は表情を変えない。
「……徳川を使って、天下を取るつもりか? ……明智光秀よ」
すると、天海は表情を一瞬歪めた。
「……何を言っている?」
「……只の戯言だ。だが、もし本当にそうならば生かしておくわけには行かん」
三郎は油断すること無く考える。
(……本当にそうなのだがな……信長だとバレれば追々面倒だ)
「お前は老いぼれ。真っ向から戦えば俺が勝つぞ」
「……そうだな。だが、そうはならぬ」
すると、横から三郎に向けて槍が繰り出される。
それを三郎はなんとかかわす。
「天海殿! ここはお逃げくだされ!」
「守綱殿……しかし、囲まれておりますぞ」
渡辺守綱が天海の前に立ち、守る。
「数の上では我々の方が上! 全軍で退路を確保するように動いておりまする! 秀忠様も動かれるはず! 早くお逃げを!」
「……かたじけない」
天海はそのままその場を去った。
「待て!」
「お主の相手はこの儂だ!」
天海を追おうとする三郎に守綱は槍を繰り出す。
三郎は刀でそれを受け流す。
「天海殿を追わせはせぬぞ!」
「……仕方が無い」
三郎と守綱は対峙する。