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第86話 二人の軍事の策

「敵が引いておりますな」

「不利と見て早々に引き上げたか」


 直江兼続と上杉景勝は織田軍が我先にと兵を引いていく様を見ていた。


「列を成さずに逃げ出すとは……かなり焦っておりますな」

「そのようだな」


 陣が乱れていると言うことは指揮、統率が取れていないことを示していた。

 暗闇の中、軍が松明を掲げて我先にと西へ逃げていた。

 もうすぐ、夜が明ける。


「殿、日が昇り切る前に暗闇に乗じて川を渡ってしまいましょう」

「急がずとも良いのでは無いか?」


 直江兼続は首を横に振る。


「敵が陣を整え、我々が渡河する瞬間を狙われては被害が大きくなりまする。敵が背を向けている今の内に川は渡っておきたいのです」

「少し危険だが……やるしか無いか」


 上杉景勝は頷く。


「行くぞ! ここで織田の息の根を止める!」




「よし! 川は浅いぞ! 行け!」


 上杉軍が敗走を装う織田軍を追撃する。


「やはり、敵は本当に敗走しているようですな」

「……何か、懸念があったのか?」


 兼続は頷く。


「は。これが敵の罠という可能性もありました」

「……その為にも渡河だけに留めるという事か」


 兼続は頷く。

 軍が半分程渡った頃、兼続が先に走って行く。


「念の為、某が先行します。殿は後から来て下され」

「うむ」


 兼続が川を渡っていく。


「……織田。この程度か?」


 兼続が渡河を終え、前線の軍に合流した頃。


「……ん?」


 兼続は気付く。

 日が昇り、辺りの様子が少しずつ見えるようになった。

 そして、上杉軍の周りには。

 織田の軍が待ち構えていた。


「こ、これは……」


 兼続は遠くを動く松明を見る。

 遠くに見える松明を持つのは武装していない農民であった。


「ちっ! やられた! 全軍、後退せよ! 急ぎ川を渡れ!」

「だ、駄目です! 川が増水して、わたれませぬ! 渡河最中の兵も多数流されました!」


 後続の兵の報告を聞く兼続は、自分が織田の策に嵌った事に気が付く。


「せきを切ったか……文を書け! 殿に矢文で届けよ! 川が増水したと言うことは敵も攻めてこれぬと言う事! 急いで陣を下げるように言え!」

「は!」


 兼続は敵陣を見る。


「してやられたな……見事なり、織田秀信」




「まんまとかかったか」


 勘助は敵陣を見る。

 後方を増水した川に阻まれ、敵勢約一万は孤立。

 実質、五万対一万の戦場である。


「しかし、考えましたな夜の闇を利用して相手を誘い出すとは」


 勘助の傍らには虎助と大垣衆がいた。

 人質を金沢まで送り届ける途中、岐阜によった所、勘助と如水に捕まったのだった。

 虎助は良いように利用された。

 人質は既に前田利長の下へ届け、そのまま金沢に向かっていた。


「相手の策を利用したまでのこと。大した事では無い」

「相手の策を利用できるだけでも充分に凄いと思いますが……」


 勘助は首を横に振る。


「全ては官兵衛が……自分が残してくれた物のお陰……通用して良かった……」

「何か申されましたか?」

「いや、何でもない」


 勘助は目を閉じ、考える。


(……前世の記憶がある内に文を残しておいて正解だったな……あれがなければこのような策は思いつかなかった……如水殿にも感謝だな)


 勘助の中には既に官兵衛としての記憶は無かった。

 官兵衛の生まれ変わりであると言う記憶と、官兵衛の生まれ変わりとして戦国の世を駆け抜けた記憶が小野寺勘助という人格を形成したのだった

 勘助は刀を抜く。


「かかれ! 一兵たりとも討ち漏らすな!」

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