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第82話 三郎 脱出

「はぁっ……はぁっ……」


 草むらをかき分けながら三郎達は山中を進む。

 江戸城を脱した後、門番達に怪しまれた三郎達は門番達の独断による追撃を受けていた。

 勝手がわからない江戸の町を死物狂いで逃げ回り、命からがら徳川領を脱した。


「皆、無事か?」

「ええ、なんとか。人質も皆無事にございます」


 今は小田原を抜け、伊豆に差しかかる辺り。

 まだまだ油断は許されない状況だった。


「まつ殿、今更になりましたが、ご無事で何よりです。あのような扱いをしてしまった事、心からお詫びします」

「三郎殿、何とお礼をして良いものか……情勢は知っております。これで前田は安泰でしょう」


 前田まつ。

 利家とまつで知られる前田利家の妻。

 加賀百万石の祖である。


「いえ、肝心なのはここから。幸いにも追手が少なく、人質が逃げた事はそこまで知られて居ないと思われます。が、すぐにでも気付かれ、大量の追手がくるでしょう」

「それに、敵が出陣してくるやも知れませぬ。あの様子では出陣の時は近いかと」


 虎助の言葉に三郎も頷く。


「さぁ、あまりゆっくりはしてられませぬ。申し訳ありませぬが、先を……」

「殿!」


 すると、虎助が叫ぶ。

 虎助が自分とまつを庇うように、刀を抜いて立つ。

 大垣衆の面々も同じように立つ。

 その先には、武装した集団がいた。


「くそっ!もう追手が……」

「……まて、虎助」


 三郎は虎助を押しのけて相手を見る。

 相手も刀を抜き警戒している。

 が、その鎧は赤だった。


「……井伊の赤備えか?」


 すると、相手の大将らしき男が現れる。


「……三郎殿か?」

「直政殿!」


 三郎は直政の元へ駆け寄る。


「ご無事でしたか! 我等が出陣するよりも前に出立したと聞き、もしも逃げてきているのならばこの辺りだろうと捜索させておったのです!」

「助かりました! ……と言うことは、信康様は既にご出陣を?」


 直政は頷く。


「ええ、本軍もすぐそこまで来ておりまする」

「では、早速そちらへ行きましょう。直政殿、本当に助かりました」




「おお、三郎殿。ご無事で何より!」

「信康様! 助かりましたぞ!」


 三郎と信康は顔を合わせる。


「三郎殿、お久しぶりですな」

「島津様、お久しゅうございます」

「そのような大役でここを通るのならば、顔を出してくれれば我らからも兵を出したものを……」


 三郎は軽く頭を下げる。


「いえ、少々急ぎでしたので。挨拶もせず、申し訳無い」

「いや何、急ぎだったのならば仕方が無い」

「しかし、人質の救出とは……考えたな三郎殿」


 立花宗茂も口を開く。


「主には前田まつ様をお救いすることが目的でしたが、他の者も助けることが出来ました」


 すると、島津義弘が思い出したかのように口を開く。


「信康殿。ここは三郎殿にこの陣に残ってもらうのはどうでしょう」

「何? しかし三郎殿には人質を送り届けるという任が……」

「それはあの虎助という家臣と大垣衆で充分でしょう。この戦、それぞれの局面で負けるわけには行きませぬ。三郎殿を軍師として我等の陣に加わって貰いましょう」


 その島津義弘の言葉に三郎は反応する。


「それぞれの局面?」

「おお、三郎殿は知らなかったか。実はな、秀信殿が徳川討伐の号令をかけたのだ」


 その言葉に三郎は驚く。

 が、義弘は続ける。


「北陸からは前田、丹羽、金森、生駒に蜂須賀、そして織田秀信殿が、中山道からは織田信雄殿と福島正則殿が真田、毛利、織田の援軍に行く。そして東海道は我等だったが……お主の策では無いのか?」

「……早馬を出したのが駄目だったか……」


 三郎は頭を抱える。

 が、すぐに立ち直る。


「まだ始めるつもりは無かったが……いや、策の一つではありました。問題はありませぬ。では、私は申し出の通りにこの陣に加わりましょう」

「おお! 心強い! のぉ、立花殿!」

「……うむ」


 立花宗茂は頷く。


「信康様。必ずや、勝ちましょうぞ」

「うむ、三郎殿。頼りにしておるぞ」


 かくして、全ての戦線に織田家が関わる、天下分け目の戦が始まろうとしていた。

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