「何故、兄上が今更現れたのだ……」

「……どちらにせよ、この混乱を早い所纏めなくてはならぬ」

　信康が徳川家の正統後継者であると本多忠勝と井伊直政を従えて江戸に迫っているという話は既に江戸に伝わっていた。

　この事を受け、徳川家の重臣や秀忠、秀康は評定を始めていた。

「しかし、これは良い機会では？　信康様が徳川家を率いていけば皆が従いましょう」

「しかし正信、兄上は織田の手先となっておる。良いように使われるだけだぞ」

　正信に対して、秀康も意見する。

　秀康の言い分も、正信の言い分も正しかった。

「だが、前の話し合いで徳川はお二人が率いていくと決めた筈。何故未だ纏まらぬのですかな」

　そこで、榊原康政が口を開く。

　徳川四天王として唯一豊臣方に降っていない将であり、その発言力は大きく、康政がどちらかに付けば多くの者がそちらに靡くとまで言われていた。

　しかし、残ったもう片方の跡取り候補が黙ってはいないだろうと、康政は何も言わなかったのだ。

「それは……」

　秀忠はハッキリとは答えない。

「お二人共、やはり当主の座につきたいのでしょう」

　すると、もう一人入ってくる。

　徳川家の重臣でも無いが、家康の側近であった謎多き人物である。

「……天海殿」

「信康様が現れたとなっては徳川家中はさらに大きく荒れるでしょう。素直に家督を譲れば話は別ですが。……もはや収拾はつきませぬ。されど、信康様が当主につかれては豊臣の言いなりになるのも必定」

　天海のその言葉に皆が頷く。

　家康の側近として仕えて活躍した天海の言葉は重みがあり、皆は良く聞いていた。

「なれば、信康様を誠に亡き者する。と言うのはどうでしょうか」

「それはならん！」

　秀康が声を荒げる。

「兄上を殺すなど、決してありえぬ！」

「……なれば、徳川を二分致しましょう」

　展開は座り、話し始める。

「先程、上杉、伊達より知らせがありました。我等と盟を結ぶと」

　その言葉に場はどよめく。

「それは真か！」

　秀忠の言葉に天海は頷く。

「島左近殿が良く働きかけてくれたようでしてな。東北の殆どを手中に収めた伊達、越後を取り戻した上杉など、力量は充分。後は我等がもう一度、関ヶ原を起こすのです」

　天海のその発言に場が静まり返る。

　天海が加えて言う。

「中山道を秀康様とそれに従う者達。東海道を秀忠様とそれに従う者達。北陸からは上杉が。伊達には……そうですな、遠回りして海から尾張辺りを攻めてもらいましょうか」

「天海殿。前田は動かぬのですか。人質はまだこちらにおりますぞ」

　康政が聞く。

　前田は今現在も人質を取られており、徳川方になびく可能性があったからだ。

「……未だ何も」

「……まぁ、致し方無い。我等が動くとなれば前田も動くでしょう」

　康政も納得する。

　事実、先の戦では前田は徳川方として戦を繰り広げていた。

「跡継ぎについては、戦において戦功を最も多くあげた方。槍働きではなく、指導者としての才を測るのです。もしこの戦で負ければお二人には才能が無く、徳川の跡継ぎは信康様が相応しいという事になりまする。それならば、家中の者も納得するでしょう」

　天海とその言葉をふたりは静かに聞く。

「戦国の世らしく、自分の力を示しなされ」

　評定が終わり、その場に天海一人が残った。

　辺りに人が居ないことを確認し、天海は口を開く。

「……織田、か」

　天海は静かに目を瞑り考える。

「……三法師を逃した事が仇となるとは……今度こそ、必ずや」

　天海は密かに心を決めたのだった。