三郎が福と祝言を上げたことはまたたく間に広まった。
そのおかげか、様々な大名が織田に友好を示すために城に訪れた。
金森家、丹羽家など、かつて織田家に仕えた面々だった。
しかし一人、織田家の重臣でまだ来ない者がいた。
「……前田は来ぬか」
「前田利長は徳川に母を人質に取られている。軽率な事は出来んのだろうな」
しかし、三郎の縁談の話は瞬く間に広がり、確かに良い影響が出ていた。
前田が来なくても、効果は充分であった。
すると、虎助が駆け込んでくる。
「殿!ご挨拶に参られたお方が……」
「誰だ」
虎助の報告を聞く。
「は、徳川信康様にございます!」
「徳川信康に御座います」
「信康様! 良くぞこ決心なさった!」
信康は井伊直政の手勢百名を引き連れて岐阜城に登城した。
井伊の赤備えは目を引き、その前に登城していた諸大名達に徳川が味方したと思わせるのに十分であった。
信康の登城に秀信は歓喜する。
「まずは、直政の傷の手当、誠に感謝致す」
「いえいえ。その程度、どうということはありませぬ。信康様もお元気なようで何より」
信康は前に見た時とは違い、覇気に満ちていた。
勘助により、しっかりとした食事を取ったおかげだろうか。
直政の傷も、勘助の治療のおかげであった。
「さて、一つご提案が」
「何かな?」
「北に不安が残っているようですが……何か策は?」
北。
つまりは加賀、前田である。
前田が味方にならなければ織田は岐阜を留守にするのは難しくなるのである。
越前大野を治める織田秀雄は、領内を守るのに十分な兵力を残しているとの事だった。
それに加えて秀信か兵を貸していた。
「江戸には前田殿の御母上がおられまする。某が徳川の正当なる後継者として江戸に入れば、江戸は更に荒れましょう」
「そこで、まつ殿をお救いすると?」
三郎の答えに信康は頷く。
まつとは利長の母である。
「は。そこで少数精鋭の救出に当たる部隊を編成し、予め江戸に潜らせて頂きたい。我等はまだまだ手勢がおりませぬので」
その信康の提案を聞き、三郎は考える。
「秀信、良いか?」
「うむ。勿論」
秀信は頷く。
「信康様。その策に乗りましょう。そこで、その救出部隊。某も参加致しとうございます。」
「それは……良いのか?」
秀信の問に三郎は頷く。
「一度、この目で確認しておきたい事がございましてな……」
「……それは?」
信康も疑問を覚えたようだった。
三郎は頷く。
「南光坊天海。その男をこの目で見ておきたいのです」