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第70話 赤鬼と東国無双

 三郎は秀信から話を聞き、すぐさま大阪に残った信包に本多忠勝を岐阜に寄越して欲しいと頼んだ。

 信包もすぐに対応し、すぐに忠勝は岐阜に送られた。

 そして、三郎は忠勝到着予定の日、忠勝の到着までの間に井伊直政と会っていた。


「織田、三郎にございます」

「……織田、か。井伊直政にござる」


 井伊直政と織田三郎、そして秀信は岐阜城の戦いにて遭遇している。

 赤坂夜襲でも相対しており、直政は最も織田を警戒していた。


「この度は、どのようなご要件で?」


 直政は関ヶ原で殿しんがりを務めていたこともあり、傷だらけであった。

 残った兵達も少なくは無かったが、目立つのを避けて散り散りにしているとのことだった。


「……とある噂を耳にいたしました。徳川信康は、生きていると」

「……」


 直政は全く動じない。

 徳川の重臣である井伊直政が信康の切腹事件の真相を知らない筈が無い。

 そう考えた三郎は、直政に話しかけ続ける。


「そして、私の手の者が信康様らしき者を見つけました」


 そして、三郎は頭を下げる。


「徳川はかつての織田の盟友、私は、取り潰すなどという事にはしたくありませぬ! されど、豊臣の家はそれを許さぬでしょう! このままでは徳川家は潰されてしまいます!」

「……」


 三郎はそのまま続ける。


「そこで、信康様に徳川家を継いでもらい、豊臣に忠義を誓ってもらいたいのです! 信康様が当主に立てば、今は荒れている徳川家中も落ち着きましょう。そして、そこで改めて豊臣に臣従するのです!」

「……」


 しかし、それだけ言っても直政は答えない。


「……今の所、関東は跡目争いで荒れておりまする。所領としては、遠江や三河等の旧徳川の領地を約束致しまする。その後のご活躍次第で関東の加増も進言しようと、考えておりまする」

「……三郎殿」


 すると、やっと直政が口を開いた。


「先程のお言葉、全て偽りは無いか?」

「無論に御座います」


 三郎は即答する。

 その答えを聞き、直政は頷いた。


「ならば、信康様をご説得してみせよう。実はな、傷が全く良くならず……先は長くないと、分かるのだ」

「……直政様。その事ですが……」


 三郎が何かを言いかけたその時、直政と三郎の間に一人の男が入ってくる。


「ならんぞ直政! 織田の言いなりにはなるな!」

「本多殿!? 何故こちらに!?」


 突如として戸を蹴破って本多忠勝が入り込んでくる。

 その後から勘助と如水が入ってきた。


「本多様。落ち着いてくたされ!」

「三郎殿。申し訳無い。この老体では本多殿は抑えられなかった……」


 忠勝の説得には勘助と如水に当たらせていた。

 しかし、二人の説得もあまり功をなさなかったらしい。


「織田三郎! お主、まだ戦場で一度も傷を負った事が無く、勝ち戦しか経験しておらぬようだな!」

「……は。それが何か?」


 三郎は勘助を見る。

 すると、勘助は少しニヤけていた。


(成る程。普通に説得しても無駄と思い、焚き付けたか)


「そんなだから自分の方が優れていると勘違いを起こすのだ! そして、上から目線で物を話す! 徳川がかつての盟友だと!? 馬鹿を申すな! 自分が上だと思っているから先程のような提案をできるのだろう! 二度と徳川は織田には従わぬぞ! ふざけるのも大概にせよ!」

「なれば!」


 三郎は刀を抜く。

 すると、本多忠勝も咄嗟に構えた。

 刀を持っていないというのに、隙がない。

 しかし、三郎は自分の腕を出し、刀を当てる。

 腕からは血が出ていた。


「戦で傷を負った事が無い等の誇りは捨てまする。勝ち戦しかしていないという誇りも捨てまする! 勘助!」

「は!」

「俺の背中を斬れ」


 すると、勘助は頷き、刀を抜く。


「背中の傷は敵に背を向けて逃げたという何よりの証。すぐさま噂を流しましょう。そして、腕だけでなく体中に切り傷をつけまする。お望みであれば、腕一本斬り落としましょう。それだけの覚悟で、この申し出をしておりまする。殺されても文句は言えぬ申し出だと、分かっておりまする」

「……」


 しかし、忠勝は答えない。


「勘助。やれ」

「は」


 勘助が刀を振りかざす。


「……待たれよ!」


 すると、忠勝が止める。


「相分かった。そなたの覚悟。伝わり申した」

「……今後、徳川と敵対することは決してありませぬ。かつての我が祖父のように、家臣のように使う事も、決して。今度こそ、対等な同盟者として共に歩みましょうぞ」


 すると、忠勝は頷く。


「では、この平八郎、そして井伊直政が必ずや信康様をご説得致しまする。三郎殿、先程のご覚悟、見事でござった。下手をすれば二度と戦場に出ることも出来なくなる事を……この平八郎、感服仕った」


 三郎は頭を下げた。


「ありがとうございまする。東国無双と名高い本多様にそう言って頂けるとは、嬉しい限りです」


 三郎の信康懐柔の策は順調であった。

 残るは、徳川信康。

 彼を懐柔するのみである。

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