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第38話 はるか西でもう一人

「なにやら、東が騒がしいな。」

「……うむ。やはり、お前の言うとおりだ。」


 九州、豊前。

 そこには天下に名を轟かせた名将が居た。

 名を、黒田如水。

 黒田官兵衛とも呼ばれた名軍師である。

 豊臣秀吉に仕え、秀吉の天下取りを支えた名将。

 そして、その傍らにはその時代にはあり得ない服装をした若者がいた。


「で、どうする?」

「無論、決まっておる。」


 既に東軍の敗報は届いていた。

 その敗報を聞いて尚、その決断を下した。


「我々は、天下を取る。東軍が敗北したとあっては減封は免れんだろう。西軍の主力が戻るよりも前に九州を押さえる。」


 如水は外を見る。

 史実では、九州の大半を抑えていた黒田如水は、天下を取るよりも平穏な生活が送りたいと言い、家康に服従したという。


「島津義弘、豊久らが留守のうちに、九州における最大の敵、島津を下し、長宗我部、毛利らが留守のうちに中国、四国へ進出する。」

「あぁ。それが良いだろう。」


 男は立ち上がり、如水の肩に手を置く。


「流石は、俺だ。」

「……しかし、流石に驚いた。まさか……自分が現れるとは……。」


 男の名は小野寺勘助。

 三郎と同じく、未来より現れた黒田官兵衛の生まれ変わりである。

 かつて武田家に仕えていた軍師と同じ名を持つ男は、ほんの数日前に黒田如水の元へタイムスリップしてきていたのだった。


「何故、自分が生きている時代に来たのか、理由がある筈。それは、神が黒田が天下を取れと言っているのだと、俺は理解した。」

「……だが、儂は老い先が短いんだろう?」

「その事だが、本来ならば関ヶ原は西軍が勝つ筈。俺がこの時代に来てからわずか数日。本来の歴史に大きな影響を与える事は不可能だ。」


 如水は勘助を見る。


「しかし、寿命は変わらん。」

「あぁ、その通りだ。殺されない限り、人の寿命は変わらない。上方の状況をしっかりと掌握し、味方につく相手を選ぶ。誰がいつ死ぬか、俺は知ってる。」


 如水は頷く。


「成る程。確かにそれを知っておれば優位に立てる。だが、儂の命はその前に終わるぞ?」

「……安心しろ。未来の俺の家系は、医者だった。俺も医学を学んで育って来たから、多少の延命は出来る筈だ。少なくとも、天下を取るまでの間は、絶対に死なせない。」


 その勘助の言葉に如水は笑う。


「未来の儂は、強いな。……もし未来ならば、この足も治ったであろうか……。」


 如水は足を見る。

 黒田如水は過去、荒木村重に捕らえられ、足を悪くしていた。


「恐らくはな。だが、今からではもう難しいだろう。……東軍が敗北したという事は、家康は死ぬだろう。秀忠辺りは逃げるやもしれんが、東軍諸将の生死が気になる。」


 東軍の敗報は伝えられたが、家康の死はまだ伝わっていなかった。

 三成の死も、織田家の活躍も伝わっておらず、ただ徳川方が負けたという話が伝わってきていた。

 勘助も如水と共に外を見る。


「長政はこんな所で死ぬように育ててはいない。必ずや生きておる。」

「あぁ、勿論。」


 しかし、勘助はある疑問を抱えていた。

 その疑問は勿論如水も抱えていた。


「しかし、何故歴史が変わったか。そこが重要だな。」

「やはり、一つしか無いのではないか?」


 如水と勘助は互いに頷き合う。


「お前のような奴が、他にもいる。」

「在りし日の俺よ、一筋縄では行かないかもしれんぞ。」

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