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第28話 東軍 潰走す

「殿!」

「おお!平八郎!無事だったか!真田がまるで仕掛けようとせん。しかしその真田がおるせいで引くことすら出来ん!何とかせよ!」


 家康の陣に本多忠勝が伴の者と共に現れる。

 忠勝は配下の者に目配せをする。


「……む?……な、何をする!」


 忠勝の配下は家康を取り押さえ、甲冑を脱がせ始めた。


「殿!御免!」

「まさか……忠勝!よせ!辞めるんじゃ!」


 家康の叫びも虚しく家康は甲冑を脱がされ、代わりにボロボロの甲冑を着させられる。

 そして、脱がした家康の甲冑を忠勝が着た。


「お連れせよ!無事に江戸まで送り届けるのだ!」

「忠勝!よせ!」

「既に立花宗茂、島左近らが迫っておりまする。真田はそれを持っておるのです。これしか手はありませぬ!雑兵共も逃げ出しております!それに紛れて、さぁ!」


 家康が配下の者に連れて行かれる。


「忠勝!」

「……さて、儂の死に場所はここか。」




「殿、立花殿、島左近殿の軍が家康本陣に仕掛けました。」

「うむ、家康の背後を守る池田、山内らは既に壊滅した。残るは家康だが、我等の手勢だけでは仕留めきれんかったからな。丁度よい。」


 昌幸は軍勢に指示を飛ばす。


「かかれ!今こそ家康の首を取るのだ!」

「殿!家康本陣より敵兵が逃げ出し始めました!雑兵が我先にと逃げ出しております!」

「……放っておけ、狙うは徳川家康の首、ただ一つのみよ。」


 昌幸勢が立花、島左近勢と合わせて徳川本陣を挟撃する。

 退路を塞がれた事により徳川兵は我先にと兵達が逃げ出しており、勝敗は明らかであった。

 瞬く間に家康の元に辿り着いた。


「家康!……む?」


 難なく家康の本陣へ到達した昌幸、しかしそこには既に立花宗茂がいた。


「……真田殿か。家康の首は私が取る。邪魔立ては、無用ぞ。」

「立花宗茂!まさか貴様一人でかかってくるつもりか!舐めるでないわ!」


 家康の周りには徳川方と立花の兵が倒れている。

 しかし家康は槍を握り、立っている。

 敵を返り討ちにしたという事だ。


「……。」

「かかってこい!雑兵共!この家康の首を取って手柄としてみせよ!」


 その言葉と同時に立花の兵が仕掛ける。

 が、家康は槍を振るい、その全てを返り討ちにした。

 雑兵達は傷一つつけられなかった。


「……その槍の振るい、まさか!?」

「真田殿。このお方は間違いなく徳川家康だ。」


 昌幸は気付く。

 この家康は嫡男信之の妻、稲姫の父である本多忠勝であると。

 しかし、立花宗茂はそれに気付いた上で家康として扱っている。

 武人としての敬意を評しているのだ。


「殿!」

「なんだ!?」


 すると、その場に伝令が駆け込んでくる。


「秀忠が逃げました!僅かな手勢で、逃げる雑兵に紛れて戦場を脱したようにこざいます!」

「何!?」


 そこで昌幸は考えた。


「……立花殿。ここはお任せした。儂は秀忠を追おう。」

「そ、それと、もう一つ!」


 すると伝令がまた口を開く。


「石田三成様、お討ち死に!小早川、織田勢等によって大谷様と共に討ち死にとのことにございます!」

「……何だと……。それを先に申さぬか!馬鹿者め!」

「も、申し訳ありませぬ!こちらは織田殿からの文にございます。では!」


 伝令が文を手渡してくる。

 そして、すぐに逃げた。

 昌幸はすぐさまそれを受け取り、中身を確認する。


「……なんと。」

「……家康。お主を捕縛する。大人しく縄につかれよ。」

「……うむ。」


 家康に扮した忠勝は宗茂の申し入れに頷き、槍を置いた。

 情勢が変化したと理解したのだ。


「真田殿。文にはなんと?」

「石田三成に天下への野心あり。小早川様と照らし合わせ、これを成敗した、と。」


 しかし、文には続きがあった。

 もし西軍諸将が我等を討とうとした場合、南宮山の毛利勢を調略し、背後をつけと書かれていた。

 小早川、織田が勝った暁には旧武田領を全て真田に与えると。


「真田殿。今しがた私にも文がきました。どうやら西軍諸将全てに文を出されているようだ。」

「……成る程。」


 昌幸はそう言うとすぐさま馬に乗った。


「立花殿。我等は織田殿を信用する。小早川はどうか知らぬが、織田殿は信用に値すると考えた。我等は向こうに付くが、そちらはいかがする?」

「……。」


 宗茂はしばらく考えた。


「まぁ、ゆっくりと考えるがよろしかろう。我等は文にあった通り、指示に従いこのままこの位置に陣取る。もし、敵となるのならば容赦はせぬと言っておこう。」


 そう言うと昌幸はその場を去った。


「……恐らく島左近殿は認めぬだろう。小西殿は……いや、恐らくすべての西軍諸将が味方につくように内容を変えて文を送っている筈だ。三成殿が天下への野心など、信じられぬが……。織田殿も太閤殿下への恩義はある筈。……信用してみるか。もし、違えば……。」


 宗茂は刀を見る。


「斬れば良いだけの事。」




「はぁっ……はぁっ……。」


 命からがら関が原を抜け出した秀忠。

 供回りわずか数名で東へ走っていた。


「と、殿!」

「急げ!正信!おいてかれれば死ぬぞ!」


 すると、正信は秀忠の肩を掴む。


「殿!追手が……追手がおりませぬ。」

「な……何?」

「関ヶ原で何かあったのやも……知れませぬな。」


 秀忠は自分達が逃げてきた方を見る。


「一体何が……。」


 そこで秀忠は我に返る。


「正信!そのような事を言って、ただ休みたかっただけでは無いのか!?」

「お、おお……バレましたか。はは、これは失礼。しかし追手が無いのは事実。他の東軍諸将もバラバラに逃げおおせましたし、そちらへ気が行っているのやもしれませぬ。さ、先を急ぎましょうぞ。」


 秀忠は東へ走った。

 ひたすらに逃げたのであった。

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