「殿!最早西軍優勢。我等も早う仕掛けましょうぞ!」
「……うむ。」
結局、家康は勝てなかったか。
真田や福島らが来なければ分からなかったが。
ならば、後々に面倒を残さぬよう仕掛けるとしよう。
「全軍、これより……。」
「殿、ご客人にございます!」
「……何者だ?」
「織田中納言様の弟君にございます。」
「……通せ。」
すると、陣に男が入ってくる。
「織田三郎にございます。」
「うむ、何用じゃ。」
三郎と名乗った男は頭を下げる。
「では、恐れながら。小早川様はこれから、どうするおつもりで?」
「……無論、徳川を討ち取る。今から動く時じゃ。」
三郎は真っ直ぐこちらを見てくる。
「成る程、ですが遅う御座いましたな。既に戦況は決定的な物となりました。今から動いても間に合いませぬ。」
「……何が言いたい?」
「先程、私は石田様の陣に行きました。その時、石田様は申されておりました。小早川、毛利らは此度の戦でなんの働きもしなかった。これは裏切りである。と。」
静かに、三郎の言葉を聞く。
こいつは何が目的なのか。
それをしっかりと見極める為だ。
「後々、暗殺しようと申されておりました。もしくは、厳重に罰すると。打首か、良くて流罪、と。」
「あ、暗殺!?それに流罪……打首……殿、いかが致しまするか!?」
付近の家臣達が慌てる。
「……で、お主は何故それを伝えに来たのだ?」
「無論、小早川様の身を案じての事に御座います。石田様はこの戦で勝ち、秀頼公の代わりに天下を治めるつもりに御座います。言葉の端々からそれを感じました。三成は、此度の戦で自身をつけ、天下への野心をあらわにしたのです!」
三郎は近づき、こちらの手を握ってくる。
「この機を逃せば石田三成の野望を止める機会はもうありませぬ!我等だけでは三成を止めることは出来ませぬ!大谷殿も三成を支える事でしょう!小早川様のお力が必要なのです!」
「……。」
これが本当に信じられるのか。
それは分からん。
だが、この天下分け目の決戦で動かなかったのは罰せられる対象にはなるであろう。
「だが、その後は?三成を討ち取ったその後、家康や秀忠も死に、残った西軍諸将は我等を討ち取りに来るだろう。もしそれらを返り討ちに出来たとて、その後はどうする?」
「小早川様が三成の代わりとなるのです。秀頼公が元服なさるまで、お側でお支えするのです。西軍諸将も、この機に乗じて世を再び戦乱に戻そうとするものばかり!義は我等にあります!我等も全力でお支え致します故、どうか!」
……悪くは無いかもしれない。
この提案をするということは、ここで三成を討ち取った後の算段も立っているのだろう。
「ここで東軍、西軍の有力な者達を討ち取っておけば、空白の土地が生まれまする。そこで、小早川様が自分に有利となる者達を国替えで良いように配置していけば良いのです。」
「……で、お主等は何を望む。」
恐らくそこだろう。
織田は自分達の所領が増えることを望んでいる筈だ。
「我等は美濃のみでよろしゅう御座います。」
「何?三成殿からは尾張と美濃の二カ国を約束されていると聞いたぞ?」
「はい。ですので、福島殿には尾張を。我が叔父、信雄様には伊勢をお与え頂けると幸いにございます。あ、あともしこのあと真田が我等につき、共に残った西軍諸将を討ち取った暁には真田には旧武田領をお与え頂けると……。」
「ふっ……。」
その言葉を聞き、思わず笑いがこらえきれなくなってしまった。
「面白い。三郎。乗ってやる、お主の策にな。ここで西軍、東軍どちらかに付くと明確に答えておれば私は処罰されなかったのだろうが、こうなってしまった以上は仕方が無い。つまりお主は我が小早川に天下を取れと言うのであろう?」
「……お好きなようにとらえて下され。」
「まぁ良い。面白いではないか。南宮山に陣取る毛利勢も我らと同じような立場。お主のことだ、既に使いは出しているのであろう?」
三郎は静かに頷く。
「うむ、その誘いに毛利勢が答えるかは分からぬが……。」
「いえ、答えまする。一度でも裏切りを考えた者はその後も条件さえ揃えば容易に裏切りまする。」
そう言うと三郎はこちらを見た。
「……私のように、か?」
「……何の事か、分かりませぬな。」
三郎に近づき、肩に手を置く。
「三郎。我が小早川の命運、お主に託した。お主のその智謀で、我を助けよ。」
「はっ!」
三郎が深く頭を下げた。
「面白くなってきたな……。」
(まずは、良し。)
想定通り、事が運んだ。
後は福島、真田。
それぞれの動かし方は知っている。
難しい事は何一つとして無い。
小早川が三成の代わりに天下を取ったとしても、来年には、死ぬ。
その後、織田が天下を奪うのだ。