「三郎、小早川にはいつ仕掛ける。」
「戦が始まったから、恐らく石田殿が小早川に動けと言った筈。だが動かぬであろう。西軍が優勢ならば小早川も動く筈。優勢で尚動かぬのであれば仕掛ける。」
秀信は頷く。
「つまり、それまで誰一人として壊滅してはならぬということか。」
「うむ……。ん?」
そこでふと思い出す。
「島左近……。」
島左近の最後。
諸説あるが、この地に詳しい竹中重門が山裾の間道を抜けて島左近の軍の側面を突いたという。
その結果島左近の兵は多くが討ち取られ、島左近も死んだと……。
それが本当ならば……。
「秀信!ここは任せた!」
「さ、三郎!?何処へ!?」
「左近殿の所だ!」
「かかれ!」
島左近は石田三成の陣を攻めようとする細川勢と戦っていた。
「押し返せ!敵は弱兵ぞ!」
島左近の勢いは凄まじく、細川勢は徐々に押されていく。
「くっ!これ程とは……。」
細川忠興も島左近の勢いに気圧され始めた。
が。
「だが、これも黒田殿の為の布石よ。できるだけ引き付けよ!相手に優勢であると思い込ませるのだ!」
その結果、島左近は細川勢を突き崩す事に夢中になってしまう。
島左近は前しか見ていなかった。
「……やっておるな。細川殿。」
事前の計画通り、黒田勢は細い山間の間道を抜け、がら空きとなった島左近の軍の横についた。
ここから銃撃を仕掛ければ島左近は総崩れとなるであろう。
「行くぞ!」
茂みを抜け、有効射程の範囲まで近づこうとする。
が、そう上手くは行かなかった。
「今ぞ!かかれ!」
茂みを抜けた途端、待ち伏せを受けたのだった。
「な、何!?」
「我こそは、石田三成が家臣、渡辺新之丞!黒田長政殿とお見受け致す!ご覚悟めされ!」
渡辺新之丞を名乗った男は槍を長政に突き出してきた。
長政は死を覚悟した。
「はあっ!」
「くっ!」
が、その穂先は長政には届かなかった。
「渡辺新之丞!かの柴田勝家や太閤秀吉様に二万石での誘いを受けたという名将!相手にとって不足はない!」
渡辺新之丞は秀吉、勝家から二万石の誘いを受けたがすべて断り、当時五百石の小姓であった石田三成に仕えた。
不思議に思った秀吉の問いに、三成は『自分の500石の知行全てを与えた。新之丞に自分が100万石取りになった際に10万石を与える約束をして召し抱えた』
と答えたと伝わる。
三成が佐和山城主となった際、新之丞の加増をしようとしたが、『殿が100万石の大名になるまで知行500石のままでいます。』
と答え、五百石のままでいたという。
史実では関ヶ原で傷を受け自刃する前に三成の元に行ったという。
三成は新之丞の手を取って『そなたの十万石も夢となってしまった』と言ったと伝わる。
だが、この世界ではそうはならない。
「お主、名は?」
男はにやりと笑った。
「俺は黒田家家臣、後藤又兵衛こと後藤基次!槍の又兵衛とは俺の事だ!」
後藤又兵衛。
槍の又兵衛の異名で知られる彼は後程大坂の陣にて真田幸村とともに活躍することとなる。
「面白い!かかって参れ!」
「行くぞ!」
「どうやら、間に合ったようですな。」
「三郎殿、助かりましたぞ。」
三郎は急ぎ、島左近の下へ向かった。
細川との戦闘の最中、側面に気を付けろと告げると左近は頷き、渡辺新之丞に手勢を率いさせて伏兵が潜みやすそうな箇所を警戒させていた。
戦の最中に左近は対応し、なんとか間に合ったのだった。
「黒田勢相手には渡辺殿だけでもよろしかったのですか?」
「いや、黒田勢の背後を舞兵庫殿に襲わせまする。既に手勢を率いて向かっておりまする。黒田勢は小道で大軍を展開できぬ故、寡兵で対応できまする。」
三郎は頷いた。
「では、ここはもう良さそうですな。私は持ち場に戻ります。」
「うむ、ここは任せよ。」
三郎はすぐさまその場を後にする。
「三郎殿……。何故黒田の動きに気付かれた……。」