「父上が急ぎ赤坂へ来いと仰せだ。」
「では、真田はどうしますかな?」
ここは信州、上田城。
今、徳川秀忠率いる徳川軍別働隊は三万八千の軍で真田が守る上田城を攻めていた。
「……抑えを置き、急ごう。」
「ではその抑えの役目、この康政におまかせ下さい。」
秀忠は頷く。
榊原康政。
徳川四天王の一人である。
「正信、良いか?」
「宜しいかと。」
本多正信。
徳川家康に最も長く仕えた武将であり、智将であった。
一時期は三河一向一揆に加担し、徳川の元を離れたこともあったが、今は戻って来ている。
「では、そのように致そう。父上からの書状が再三来ておるのだ。余程のことなのだろう。」
父、家康からの書状は既に何度も来ていた。
それ程までに秀忠の別働隊が必要だということなのだろう。
「うむ、そうと決まれば早速用意致せ!必ずや決戦に間に合わせようぞ!」
「父上、徳川に動きが。」
「……上方で動きがあったか?」
城内に籠もるは真田父子。
昌幸とその息子、源次郎こと信繁である。
真田信繁は後世、日の本一の兵として天下に名を轟かせる。
「如何しますか?」
「……無視はできまい、だが、敵も抑えを置いておるようだ。……信繁。ここは任せる。儂は西へ向かうぞ。」
既に徳川は動き出していた。
西進に向け、支度を急いでいるようであった。
「源次郎。打って出て敵を撹乱せよ。敵は急ぎ西へ向かうために右往左往しておる。その隙をつけ。」
「父上は?」
「儂は搦手より兵を引き連れ、西へ向かう。……決戦は近いようだぞ。」
すると、伝令が駆け込んでくる。
「殿!こちらを!」
「何じゃ。」
「書状にございます。徳川の包囲をなんとかすり抜け、届けてきたようです。」
昌幸は伝令から差し出された書状を受け取る。
「……成る程、面白い。」
「父上?なんと?」
昌幸は信繁に書状を渡す。
「決戦の地は関ヶ原、布陣の予想図とこれまでの経緯が書かれておる。」
「石田様が?」
昌幸は首を横に振る。
「いいや、織田秀信……かの織田信長の嫡孫であり、信忠……中将殿の息子じゃ。つまり、織田家の正当なる後継者だな。」
「……何故、織田殿が?」
「分からぬ。たが、独自に今の状況で勝てぬと踏んだのだろうな。」
昌幸は布陣図を見る。
「面白い……。源次郎、見てみろ。」
昌幸の言葉で信繁は布陣図を見る。
「良いか、恐らく秀忠はここ、南宮山の南を通って小早川と毛利の間を遮るように陣取る。少なくとも、儂ならそうする。」
「成る程……長宗我部殿が移動したことによって南宮山の抑えが無くなった……。それによって難なく南宮山の南を通り抜けられる。それに、この書状によると毛利は内通していると……。南宮山一帯は敵とみなすと……関ヶ原の東一帯は全てが敵になる。」
昌幸は頷いた。
「うむ。つまり、関ヶ原は元々徳川軍を包囲する形だったが、その実質は違うということだ。小早川も怪しい動きをしておるという。小早川の動き次第でどうなるかは分からぬが、秀忠が着陣すれば小早川は必ず徳川方に靡くであろうな。」
史実では小早川のどちらにつくか分からぬ動きに対して家康は小早川の陣に向け銃撃を放ったという。
昌幸の見立てでは秀忠の着陣が史実の家康の銃撃になると予測した。
「では、父上は如何なさるのですか?」
「……源次郎、お主ならどうする?」
信繁は考えた。
「秀忠着陣よりも前に家康の本陣を襲います。その動きを見れば東軍も士気が落ち、陣形が乱れましょう、その隙を織田殿や石田様が見逃す筈がありませぬ。それに南宮山に布陣する毛利勢も動くやも知れませぬ。」
「うむ、良き手じゃ。じゃが……。」
昌幸はまた別の文を取り出した。
「もう一つ手がある。」
「それは?」
「同じく織田殿の書状じゃ。上手く行けば、これが一番効く手であろうな。」
「三郎。一つ気になったのだが……。」
「何だ?」
陣を構え、徳川軍を待っている中、秀信から質問が飛ぶ。
「一体どうやって密書を届けたのだ?今お主にはその伝手が無いと思うのだが……。」
「あぁ、その事か。何、その辺の体力自慢の若造を集め、俺の手先として使っているだけのことよ。俺も大垣でただゆっくりしていた訳では無いぞ?」
そこで一つ思い出す。
「そうだ、お前の名で文を出していた。まぁ、立花殿に文を出したのと同じ頃にな。あちらもあちらで忙しいから届いたかどうかは分からぬが。徳川に包囲された城に書状を届けるとなると苦労するであろうな。」
「そうでしたか。今度はどちらに?」
お茶を一気に飲み干す。
「信州、真田にな。これが一番徳川を苦しめる手になるであろうな。」