「この戦、無駄に出る必要はない。田中殿に任せておけ。」
「では、我らは?」
東軍、黒田長政。
秀吉に仕えた軍師黒田官兵衛の息子である。
「後方におれば良い。ここで兵を消耗させたくはない。」
「はっ!」
既に渡河は追え、田中勢が敵に追撃をかけている。
敵の数はせいぜい一千。
大した数ではない。
(それよりも、岐阜城が気になる。岐阜城に籠もるはかの織田信長公の御孫。侮ることは出来ない。)
「殿!」
すると、陣に伝令が駆け込んでくる。
「どうした?」
「て、敵です!後方より敵が!」
「何だと!?どこの兵だ!?」
「旗印は、織田!」
その報告を聞き、振り返る。
そこには確かに織田の旗が立っていた。
「岐阜城に籠もっていたのではないのか!?」
すると、陣の横から鬨の声が聞こえる。
そして、別の伝令が駆け込んできた。
「ご報告!織田の旗が我等が陣のすぐ横にも!」
「くっ!してやられた!」
既に兵には動揺が広がっていた。
しかし、逃げ出す者が居ないのは大軍であるが故の安心感からだろうか。
包囲されていないのは、せめてもの救いか。
「くっ……どうする……。」
「こ、これは!?」
杉江勘兵衛が指揮する殿軍にも、その状況はすぐに伝わった。
敵兵に動揺が広がっていた。
「な、何事だ!?」
すると、杉江勘兵衛は敵陣の中で狼狽える馬上の武将を見つけた。
敵将である。
「今じゃ!攻めかけよ!」
その隙を見のがさす、殿軍は遅滞戦術から一転、攻勢に転じた。
「なっ!?しまっ……。」
馬上の武将は流れ矢に当たり、落ちた。
それを受け、敵勢は一気に崩れた。
「今じゃ!更に押せ!押し戻せ!」
「ん?」
大垣城へと後退する軍を指揮する舞兵庫こと前野忠康。
撤退を開始した彼らにも後方の状況の変化は伝わった。
「あれは、織田様の旗!」
森九兵衛の指差す方を見ると、そこには確かに昔見慣れた織田の旗が立っていた。
「どうやら、城を出て眼の前で戦っていた我等に加勢してくれたのか。」
「敵勢の横にも織田様の旗が!」
半ば包囲された形になっている。
流石は信長公の御孫。
ならは、やることは一つであった。
「我こそは岐阜中納言が家臣、木造長政!かかって参れ!」
木造長政が自ら槍を振るい、敵勢を蹴散らしていく。
奇襲を受けた黒田勢はまだまだ態勢を立て直せていなかった。
「木造殿が出過ぎておるな。松田殿、兵を率いて敵勢左翼を突いてくだされ。」
「相わかった!」
松田が兵を率いて行く。
敵左翼側には百々が率いる別働隊がいる。
あわよくば敵を潰走させられる。
「此度の戦は敵を引かせるだけで良い。あまり無茶はさせるなよ。」
「わかっております。」
秀信の言葉に秀則は頷く。
百々から指導を受けていた秀則が指揮を取っていた。
無論、総大将は秀信てある。
「お、黒田勢が引くようですな。」
「藤堂勢もそれに従い引いたな。秀信様。そろそろ頃合い、友軍と合流し、大垣城へ引きましょう。」
「うむ、三郎の言う通りに……ん?」
すると、黒田勢の引く先に別の軍が動いていることに気が付く。
「あれは……舞兵庫殿!」
「成る程……戦況を見て潰走する敵勢を攻めるか。流石だな。」
秀信に正対し、進言する。
「ここは殿軍と連携して田中勢を打ち倒しましょう。」
「撤退する黒田、藤堂勢は舞兵庫殿にお任せいたしましょう。」
「うむ、そうしようか。一気に攻めよ!」
これで、関ヶ原の状況が大きく変わるだろう。
だが、まだまだだ。
もっと優位な状況を作らねば。