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第5話 井伊の赤備え

「松田様!敵勢の勢い、増しております!」

「くっ!耐えよ!じきに武藤砦から兵が出てくる。それに合わせて攻勢をかける!」


 松田重太夫。

 三成からの援将である。

 秀信の策により、権現山砦より稲葉山砦に移り、兵を潜ませ、敵の背後をついていた。

 が、逆に攻め込まれ、砦にて戦を繰り広げていた。


「しかし、遅いな。いくら敵が士気が落ちているとは言えこの稲葉山砦は弱い。そう長くは持たんぞ。」

「いかがなさいますか?」


 稲葉山砦に籠もり福島、細川勢と戦って既にそれなりの時が経っていた。

 本来ならば木造勢が打って出て来て良い頃合いである。


「籠もり続ける。第六天魔王の孫の力を信じるしか道は無い。」

「はっ!どこまでもお供致します!」


 兵達も徐々に士気が落ちてきている。

 このまま続けば、長くは無いと理解していた。


「……頼むぞ。秀信殿……。」




「信長様!いかがしますか!?敵は井伊の赤備え!武田の旧臣でありますよ!」

「分かってる!それと俺のことは三郎と呼べ!誰かに聞かれたらどうする!」


 井伊の赤備えはすぐそこまで来ている。

 木造勢では防ぎ切れん。

 損耗が激しい。


「の……三郎殿!」


 考えろ。

 未来で俺は何を見てきた。

 後の世の戦の資料。

 海外の戦の資料。

 あらゆる物を見てきた。

 戦国の頃の俺よりも成長している筈だろ……。


「戦国の頃の俺……。」


 ……あの頃の俺ならばどうする?

 絶対絶命の状況……。


「桶狭間……。」

「え?」


 あの時と似ているかもしれない。

 どちらにせよ岐阜城は遠からず落ちるだろう。

 ならばここでこのまま戦い続けても無駄だ。

 織田秀信が死ななければ明日はある。

 ならば、城から逃げ延びなければ。


「三郎殿?」


 いや、城から落ち延びても関ヶ原で西軍が負ければ処罰を受ける。

 それでは意味が無い。


「……俺は、勝つためにここに来た。」

「……はい。」

「この戦の総大将は徳川家康!そうだな!?」

「は、はい!」


 ここで井伊直政や福島、細川、池田らを打ち倒しても意味は無い。

 西軍が負ければ全てが水の泡だ。


「打って出るぞ!井伊を突破し、福島、細川勢も突破し、三成の元へ行く!」

「は、ははっ!」

「三法師!俺の甲冑はあるか!?」

「信長様が着用されていた物は……。」

「良い、甲冑であれば何でも。すぐに用意いたせ!」

「はっ!」


 狙うは徳川家康の首ただ一つのみ。




「殿、ここより登りが少し厳しくなっております。足元にお気をつけくだされ。」

「うむ。」


 岐阜城本丸、その手前にある武藤砦へと続く山道。

 道は決して良いとは言えず、木々に阻まれ視界も悪い。


「織田秀信。この程度か。」


 井伊直政は道中、対策を講じてくるかとも思っていた。

 が、それらしき物は無い。

 籠もるだけか、と井伊直政は思った。


「と、殿!」

「どうした?」

「て、敵にございます!」


 直政は登り道、先の道を見る。

 登り坂の頂上に馬上にいる武将が見えた。


「我こそは!織田信長が孫、織田中納言秀信なり!岐阜中納言とは我のことぞ!道を開けよ!開けぬのならば、死ね!」


 秀信は自ら槍を振るい、兵を引き連れ山を駆け下る。

 まさかの敵軍との衝突に兵達は驚いていた。

 井伊の赤備えが成すすべ無く敵の突破を許してしまっている。


「……そうか。成る程。それを待っていたのか!」


 相手はこちらが登り坂になる所を待っていた。

 疲弊に加え、山の頂上の反対側は見えない。

 登りきって初めて敵の姿が見えるのだ。


「見事なり!織田秀信!」

「殿!いかがなさいますか!」

「ここで見過ごしては徳川の恥よ!皆奮い立て!決して通すな!」


 前方の部隊は蹴散らされた。

 が、直政自身を初めとした後方の部隊は坂道を登りきっておらず、疲弊も激しくはない。


「突っ込めぇ!」


 敵の突撃を待ち構える井伊直政と織田秀信がぶつかる。

 が、井伊勢は多少は耐えたものの、次第に崩れていった。


「何!?何をしておる!」

「皆、最初の罠を無理やり突破したのが響いているようです!このままでは!」


 そうこうしているうちに敵将が眼の前に現れる。


「我こそは木造長政!井伊直政とお見受けした!覚悟!」

「ふん!」


 敵の侍大将が直政に槍を突いた。

 が、直政は軽くいなして見せた。

 このまま反撃をすれば簡単に討ち取れるだろう。

 が。


「織田秀信、真に見事なり。流石は信長公のお孫。全軍、退くぞ!」


 かくして、井伊直政は被害が大きくなる前に撤退を開始する。

 それが相手を称えてのことかは分からないが、この判断が後に大きな影響をもたらす事になる。


「殿!追いかけますか!」

「木造長政か、無論追いかける!……いや、どうする?三郎。」

「良い。これだけでも相当な痛手を被った筈だ。これならば、後の戦に支障が出るであろう。」


 三郎の言葉に秀信は疑問を覚えた。


「後の戦?」

「……関ヶ原。」


 岐阜より西に位置する関ヶ原。

 かつての不破の関が置かれた地である。


「彼の地にて、徳川と石田両軍が天下分け目の大戦を繰り広げる。そこに我らが参戦する。そして、家康の首を、捕る。」

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