五月十九日。
三時頃。
今川軍の松平元康、朝比奈泰朝の部隊が織田軍の丸根砦、鷲津砦へと攻撃を開始した。
「よし! 我等は丸根砦を攻めるぞ! 小荷駄隊を運び入れたからといって気を抜くなよ!」
松平勢は前日の内に大高城を包囲する丸根砦と鷲津砦を抜けて大高城へ兵糧を運び入れていた。
そして翌日、満を持して丸根砦へと攻め寄せたのである。
「松平勢に後れを取るな! 我等も名を挙げるときぞ!」
朝比奈泰朝も松平元康に負けじと鷲津砦へと攻め寄せる。
丸根砦を守る佐久間盛重は、この状態を危機だと判断した。
「すぐに信長様へ知らせよ! 敵が攻め寄せて来たと! 我等はここで討ち死に覚悟で戦い続けるとな!」
佐久間盛重。
彼は信秀の代からの家臣で信長の弟、信行付きの家老であった。
しかし信長と信行の対立時は信長に味方し、信行との間で起きた戦でも活躍するなど、信長の信頼の厚い武将であった。
史実通りならば、彼はこの戦で松平元康に討ち取られる。
「いえ、それは困ります」
盛重の指示を聞いた伝令は口を開いた。
「あなたには、まだやってもらわねばならぬ事があります故、ここからお逃がしいたしまする」
「な……何を言っておる!?」
激しい攻撃にさらされる中、伝令と盛重は言い合いを続ける。
「あなたには、我等応龍団にお加わり頂きたいのです。因みに、貴方は討死することは出来ません。
「我等……」
気が付くと、盛重の背後にも他の兵が立っていた。
「貴様ら……一体何者だ……」
「……それは後ほど分かりますよ」
「信長様! 平松商会より報せが! 丸根、鷲津砦が今川軍に攻め寄せられているとのこと!」
その報告を聞いた信長はすぐさま飛び起きた。
「その報告を待っておった!」
すぐさま信長は身支度を整える。
「殿」
「む、帰蝶か」
すると、帰蝶が扇子を差し出してくる。
「……うむ。そうだな」
信長は軽く深呼吸をして、舞を始める。
「人間五十年、下天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり、一度生を得て、滅せぬもののあるべきか」
信長は、敦盛を舞った。
そして、扇子を懐にしまい、具足を素早く着て、帰蝶から湯漬けを受け取り、それを立ったままかき込んだ。
「うむ! では帰蝶、行って参るぞ!」
「……どうかご武運を」
信長は兜の緒を締め、そのままその場を去って行く。
「光……どうか、頼みましたよ」
帰蝶は、そう呟くのであった。
「全ては想定通り。伝令も無事に済んだようですね」
「はい。丸根砦、鷲津砦に敵が攻め入ったのと同時に信長様に報が入るように調整したので」
時田と小次郎は、眼下で進軍する今川軍の本隊を眺めながら話し続ける。
「忍び込ませてた手勢で佐久間盛重殿も救えたし、本当、私が居なくてもなんとかなりそうだね」
「それもこれも時田殿の残した書物のおかげ。まぁ、お冬殿の采配も見事ですが」
今回、時田は殆ど何もしていない。
お冬が全て手を回しており、時田はその報告を又聞きし、自らは前線に立っている。
「さて……そろそろ私達も熱田神宮に行きますか」
「そうですね。監視は他の者に任せましょう。西部方面隊もすぐに熱田神宮に到達します。信長様が到達する頃には、つけるでしょう」
時田は頷く。
「さぁ、桶狭間の戦いの始まりだ!」