「お冬殿ですね」
「……私の知ってるお冬じゃないんだけど……」
その堂々とした姿は時他の記憶のお冬とは全く違っており、時田は困惑を隠せていなかった。
「……まぁ、彼女は何も変わっておりませぬよ。後で話を聞いてみて下さい」
「うん……そうする」
気が付くと、お冬は作戦の解説に移っていた。
「既に今川軍は駿府を発ち、尾張へ向かっています。恐らく義元の本隊が到達するよりも前に前哨戦として三河勢が尾張で戦となるでしょう」
お冬はスラスラと解説していく。
「我々は今川軍の動きを事細かく織田家当主、織田信長様に伝え、今川軍に忍ばせている密偵に、義元の本隊が桶狭間へ行くように仕向けます。我々、西部方面隊は前線の織田軍の支援、並びに信長様への伝令、そして信長さまがいち早く桶狭間にたどりつけるようにする為、道中の護衛。そして、信長様の手勢と共に義元の本隊を奇襲します」
お冬は拳を握りしめ、大きく叫んだ。
「良いですか! この戦の最も重要な点は、織田信長が今川義元を討ち取った。この事実です! 我々が先走り今川義元を討ち取ってはなりません! その事を重々承知しておいて下さい!」
その後、平松がお冬に変わり、各部隊ごとに細かく指示を出していた。
演説台から降りてくるお冬を時田は待ち構えていた。
「……ふう……」
「お疲れ様です、お冬様」
時田はそっと水を差し出す。
「あ、ありがとう……って……え? ……お冬様?」
お冬は当初それをすんなりと受け取ったが、呼ばれたその名に違和感を覚える。
お冬は現在時田の影武者であるため、お冬の名で呼ばれることは無い。
それが今はお冬と呼ばれたので、動きが止まったのだ。
「ま……まさか……」
お冬は恐る恐る時田の顔を見る。
そして、それが本当に時田であることを確認する。
「と、時田様!?」
「そうそう。時田様ですよ〜」
そしてお冬が騒ぐことを恐れ、すぐさまお冬の口を塞ぐ。
「むぐっ!?」
「はい。取り敢えずこっちで話しましょうね」
「……はぁ……」
その一部始終を見ていた小次郎は、溜息をつくのであった。
「時田様! 帰って来てるならなんで言ってくれないんですか!?」
「……ん? 教えてないの?」
時田とお冬、そして小次郎は人気の無い場所に移動し、お冬を正座させていた。
「はい。ちょっとした罰として驚かせるために」
「なるほど……分かってるね」
「うぅ……」
時田の目の前で正座させられているお冬は時田のよく知っているお冬そのものであった。
先程の堂々としたお冬の姿は見る影もなかった。
「……まぁ、説教は全てが終わってからにします。まず、あなたの先程の姿、素晴らしかったです」
「……え」
まさか褒められるとは思ってなかったお冬は少し驚いた顔をしていた。
「私が居ない間も立派に導いていたというのはよく分かりました。本当にありがとう御座いました」
「……え……えぇと……」
顔を逸らし、少し嬉しそうにしているのを見て、時田は少し意地悪をする。
「ただ、最後の最後に私を見ただけで臆病になったのは減点です」
「……えぇ!?」
「それに加えてさっきの威圧的な演説、私の印象が大きく崩れます。これも減点」
「えぇ!?」
あたふたとするその様子を面白がりながら見つつ、お冬の頭をなでる。
「すいません。悪ふざけが過ぎました。とにかく、今は今川軍の対処を。私はいざという時に備えます。どしようもならなくなった時の備えとして動きますので、貴方は変わらず応龍団を指揮してください。頼みましたよ」
その時田の言葉に、お冬は意識を改め、返事をする。
その顔は、先程までの堂々としたお冬の顔であった。
「はい!」