「今は永禄三年。西暦で言う所の1560年となります。そして五月の十二日。今川義元は今日、先程駿府を出陣しました」
「おお、難なく西暦で言えるようになったんだ。凄いね……って、え? 今川義元……もう出陣したの?」
孫次郎は頷く。
「それって……まずくない?」
「ええ。非常にまずいです」
しかし孫次郎は表情を変えること無く続ける。
「この一大事、極限まで時田殿の帰還を待っておりました。そのせいで、全ての動きが遅れてます」
「ええと……そうならないためにお冬に代理を任せたんだけど?」
「……」
孫次郎は少し間を置いてから答える。
「我々も催促し、彼女も少し前までは乗り気でしたが……直前で怖気づきました」
「怖気づいた!?」
孫次郎は頷く。
「こんな一大事を私の一存で決められない。それでもし失敗したらどんな罰を受けるか……と、怯えてましたね。時田殿……一体何をしたんです?」
「私は何も……ちょっと……ほんの少しだけ厳しく教育してただけで……」
「……はぁ……」
孫次郎は溜息をつく。
「まぁ、現場の独断ですぐに動けるように支度はしていました。今川軍の動きは全て把握してますし、付近の平松商会……いえ、応龍団もすぐに招集可能です。尾張より西に展開していた仲間達も既に尾張に集結しております。関東、甲斐や信濃に展開していた者達も既に付近に集まっており、一声かければ、作戦行動は可能です」
どうやら、平松や小次郎、康高などがお冬の消極的な動きに痺れを切らして独自に動いたらしい。
お冬については、失敗以前に動かなかったらその方が罰が重くなるということを教えなくてはならないな、と思った時田であった。
「そっか……因みに数はどれくらいになったの? 美濃の時は五百だったから……千位いれば及第点かな?」
「いえ、二千人おります」
「……え? 二千?」
その数字に驚くが、孫次郎は淡々と続ける。
「新たに展開した、今川領から東側に千。もとより展開していた尾張や美濃など、西側にも千。我々の活動方針が改めて明白になり、東西で情報収集や歴史の修正など重要な任務が多々ありましたので、自然とそれだけ増えました」
「……史実の桶狭間の織田軍の兵力分いるよ……」
しかし、それは朗報であった。
数が多いに越したことは無いのだ。
「よし、じゃあ今川軍が既に動き出しているのならのんびりはしてられないね。早速召集を。さっきの説明の通りなら、今川軍の前後に応龍団を展開出来るわけだよね? 挟み撃ちの形になるわけだ。だったら、色々と作戦も練れそうだね」
「はい。そうなります。そうなるように仕向けたので」
時田は頷き、改めて指示を出した。
「よし! これより桶狭間の戦いを歴史通りに進めるために作戦行動を開始します!」