「……ここが今川領内、ね」
あれから数カ月後、時田は小次郎を伴い、今川領内である、遠江へと足を踏み入れていた。
それは、とある目的があったからである。
「……竹千代君……いや、今は元信殿、と呼んだほうが良いか」
「そうですね……お会いできるか分かりませんが、元信殿って呼ぶの、今のうちに慣れておいた方が良いかと。まぁ、竹千代殿って呼んでも問題は無さそうですが」
時田は松平竹千代改め、松平元信へと会うために、今川領内へと足を踏み入れていたのである。
その目的は、桶狭間の戦いを起こす為の下準備の為であった。
「……どうにかして元信君に会って桶狭間の戦いで独立するように考えるように誘導する……う〜ん、難しい」
「でも、時田殿が言ったんですよ? 今更諦めないで下さいよ? 皆の反対を押し切ってまで自分で行くって言ったんですから」
時田が自分自身が行くと言った時、周りから猛反対されたのである。
理由は単純、危険だからである。
「平松商会の手がまだ細部まで行き渡って無い、言わば敵地に総大将が乗り込むような物なんですから……気を付けて下さいよ? まぁ、我々の組織的に明確に何処と敵対してるとかは無いのですが」
「えぇ、勿論。流石に危険な事はしません」
今回、遠江は唯の通り道であった。
しかし、目的地の一つでもあった。
「さて……種まき計画を始めるとしますか」
種まき計画。
それは、今川義元が桶狭間の戦いを起こそうとするように仕向けるための計画である。
様々な尾張侵攻に繋がる要素、つまり種を散りばめ、四年後、1560年にその種が芽吹くようにするという策である。
その第一段階は、未だに細部にまで行き届いていない平松商会の手を届かせる為、支部設立の下見であった。
「まぁ、下見と言っても特に無いんだけど」
「そうですね。三河から近い遠江は特に平松商会の受け入れが進んでいます。酒井殿の口添えや平松商会の本部がすぐそこにありましたからね。この辺りの下見は殆ど必要ないでしょう」
「そうですね。義元の本拠である駿河に近付けば近付く程私達平松商会の影響力は弱くなっていく。必要なのはそっち方面の下見ですね」
現在、平松商会の支部は三河を中心に広まっていっている。
つまり、三河から離れれば離れるほど、支部の密度は薄くなり、影響力も弱まる。
すこし前までは、平松商会の支援の目標が織田家であった事もあり、西側は手を伸ばしていたが、東側は手薄になっていたのだった。
「さ、元信君への手土産も買いつつ、駿河へ向かいますか」
「はい! ……え? 目的は下見ですよ! 忘れてないですよね!?」
小次郎との二人旅であったが、小次郎の苦労が一際大きいようであった。