数カ月後。
斎藤道三は国内を纏める為にすぐさま動き始めた。
片っ端から反発する者を制圧していったのだ。
その傍らには道三にとって最も信頼の置ける重臣となった明智光秀と光安の姿があった。
そして信長は尾張に戻り、今川に対する戦略を練ることとなる。
それをよそに、時田達は三河にある平松商会の本部に集まっていた。
「さて、この組織の重鎮である皆には私の事について打ち明けておこうと思います」
時田は平松商会の重要人物、平松、小次郎、康高、孫次郎、そしてお冬を集めていた。
「……え?」
「え?」
そう、お冬である。
「わ、私……平松商会の一員なんですか?」
「え?」
「……え?」
いつの間にか平松商会に入らされていたお冬は慌てる。
「と、どういうことですか!? 信長様に時田の所で学べとは言われましたけど……」
「まぁ、つまりはそういう事です。今後、私が居ない間の私の代わりとして皆を導いてもらいますので、意志の共有はしとこうかと」
「えぇ!?」
そして、本人の意志確認もせずに、時田は話を進める。
「まず、私は記憶を失っている事となってますが、本当は違います」
時田は淡々と真実を告げた。
しかし、その打ち明けに誰も驚かなかった。
いや、厳密にはお冬だけ驚いていたが、蚊帳の外だった。
「……驚くとこですよ?」
「……まぁ、なんとなく気付いていたからな」
康高がそう言うと、皆頷く。
「……そんなに演技下手だったかなぁ……まぁ良いや」
軽く咳払いをして、再度話を進める。
「そして、私は今から数百年後の未来から来ました」
そのカミングアウトに今度は流石に皆驚きが隠せていなかった。
しかし、その驚きは少し時田の想像とは違った物だった。
「……面白く無いな。冗談にしては質が低い」
「ええ、これだったら康高様の方がもっと面白い事言えますよ」
康高と小次郎が時田に聞こえるようにヒソヒソと話す。
どうやら、信じていないようであった。
「何の冗談でもないんですよ? 事実ですよ?」
「……でも、流石になぁ?」
康高がそう言うと、皆頷いた。
しかし、平松だけは違った。
「……いや、本当なんだな?」
「……えぇ。あなたなら分かってくれると思ってました」
すると、今度は平松が口を開く。
「儂は時田殿に救われた。恐らく、時田殿は儂があの時死ぬ事を未来で知っていたんだろう。しかし、竹千代と出会って情が湧き、儂が死ぬ未来を避けたかった。だから危険な賭けに出た。そうだろう?」
時田は頷く。
「本来なら平松殿……松平広忠殿はあの時死んでました。未来では諸説あり、となっているので詳細は分からないのですが、あの時死ぬのは確かでした」
「……」
皆、静かに時田の話を聞く。
しかし、お冬だけはその衝撃の事実に驚いていたが、空気を読んで静かにしていた。
時田はこれまでに自分の身に起きた事を淡々と説明し、皆を納得させる。
「まさか……明智様が信長様を……というかその前に、信長様が天下を取るなんて……そんな事、あり得るんですか」
「事実です。小次郎君。信長様の近くで動いていたあなたなら、信長様のその実力に気が付く筈。実際、天下を取れるお方だとは思わない?」
「……確かに、あのお方は他とは違いました」
各々、時田に質問を投げかけ、徐々に理解を深めていく。
そして、皆が完全に理解したと判断し、時田は本当の目的を話す。
「私の目的は、私がかつて殺した明智光秀が、何故信長様を殺したのか知る事。その理由を探り、私の殺人に正当性をつけたい。それだけです」
「……その他は? 先の戦でも多数の死者が出たが、それについてはどう考えている?」
時田は悩むこと無く返す。
「歴史通りに事が進むのは平和な世への近道です。平和な世を望むという私の望みも本当です。本来死ぬはずだった斎藤道三様が生き延びたのはある種の実験だとでも思って下さい」
「実験?」
「はい。平松殿は死を偽装しているので問題はありませんが、道三様は完全に生きてます。結果、本来の歴史よりも死者は少なく済みました。果たしてこの行動が本来の歴史にどう影響するか、それを知る為です。もし、大きくそれるようなら、修正の必要もあります」
すると、孫次郎が口を開いた。
「……つまり、本来の歴史と違う形で……されど、本来の歴史に則って進めることで、死者を少なく、本来の歴史をたどらせようとしているということですか?」
「その通りです。もしかしたら修正が不可能な事態に陥るかもしれません。そこで、私はとある策を考えました」
時田は懐から書物を取り出す。
「ここに、これから先の本来起こるはずだった歴史について記してあります。私は例の神隠しでいつ消えるか分かりませんので、私が居ない間、この通りに事が進まなくなりそうだった場合、『修正』して欲しいんです」
「……つまり、歴史の転換点となりうる事態が起こらなくなりそうだった場合、それを起こすように平松商会を……応龍団を動かせということか」
平松の言葉に時田は頷く。
「はい。そして、私が消えている間、お冬を代理として置きたいと思ってます。つまりは応龍団副長ということです」
「……あんたが居ない間、お冬の指示に従えと?」
「……えぇ……絶対ムリです……」
康高も不安そうに言うが、お冬自身が不安そうであった。
「ま、不安要素は残るでしょうから、ここにいる皆で会議して結論を出しても構いません。無論、問題が無いように教育しますが」
「……え……教育?」
時田は笑顔でお冬の肩を掴み、語りかける。
「あなたには私の影武者となってもらいますよ……見た目はどうでも良いですよ。考え方、知識、全て叩き込みますのでお覚悟を」
「……ま、まさか……今からですか?」
「はい! 私、いつ神隠しにあうか分からないので!」
時田は笑顔でそのままお冬を奥へと連れ去っていく。
姿が見えなくなったと思ったら、戸が開き、時田が補足する。
「……皆さんに異論はあると思います。でも、一先ずこの方針にした以上、お冬に教育しなくちゃならないので、一先ず納得して下さい。異論は、皆がその書物に書かれている歴史を把握してから受け付けます」
そう言って時田は今度こそ奥へと消えていった。
「……平松殿、どうする?」
「……取り敢えず、読んでみるか」
残された面々は、時田が残した書物に目を通すのであった。