この世界線では、長良川の戦いは起こらなかった。
それが起こるよりも前に時田らが奮闘し、斎藤道三が稲葉山城を奪還したのである。
歴史が大きく変わった瞬間であった。
「時田よ。此度の事、心より礼を言おう」
斎藤義龍が道三によって討ち取られた後、残った兵は、抵抗した者もいたが多くは降伏した。
それによって稲葉山城は完全に斎藤道三の手に戻り、美濃は再び道三の物となった。
「いえ、これも信長様のお陰でございます」
「うむ。そうであるな。信長殿。感謝するぞ」
稲葉山城には、信長が訪れていた。
稲葉山城に火の手が上がり、異変を察知した義龍派の家臣が兵を稲葉山城に向かわせていたが、それらは信長の援軍によって防がれていたのだ。
つまり、信長も陰ながら道三の援軍に馳せ参じていたのである。
「何、我が義父、斎藤道三殿の危機とあれば、この織田信長、どこへでも馳せ参じましょうぞ」
「……うむ。本当に助かった」
道三は頷く。
現在、義龍の死を様々な方面に知らせている最中であり、それによって義龍を支持していた者達も諦めるだろうと予測していた。
事実、既にその事を知った家臣らは既に道三に恭順の意を示していた。
「さて……今後、儂にまだ反発する者もおるだろう。美濃国はまだ暫く荒れそうだ。本来ならば、このまま信長殿に美濃を譲り儂は隠居でもしようかと考えていたのだが……今譲ってしまえば、いらぬ負担を負うだけだな」
「……左様ですな。今川が未だに尾張を狙う動きを見せている以上、美濃に手間を掛けている隙を突かれるやもしれませぬ。ここは、道三殿に変わらず治めてもらうのが良いでしょう」
と、二人の意見も一致し、美濃はこのまま道三が治め、信長は対今川に専念すると決まった。
(……これで、史実とは違って信長様は対今川に専念できる……この改変が一体どこまで影響を及ぼすのかは分からないけど、信長様にとって事態が好転することを祈ろう……今の所は、史実通り桶狭間の戦いが起これば、それで良し……て所かな)
その場に居た時田はそう思った。
あまりにも大きく歴史を変えてしまえば時田の知らない歴史が訪れてしまう。
最悪の場合、時田の歴史の知識では追いつけなくなってしまうのだ。
そうなった場合、明智光秀が何故本能寺の変を起こしたのか真相を探ることすら難しくなる。
(私の目的は……私が殺した明智光秀が、何故織田信長を殺したのか知る事……私の人殺しには、理由が必要……今回は戦の無い世を作る為に人を殺したけど……明智光秀を殺したのは……後付けでも良い。理由を知りたいんだ)
時田は光秀を見る。
すると、その視線に気が付いた光秀がこちらを見てくる。
「っ……」
「……ふむ……」
慌てて視線を逸らすが、光秀は何かに気が付いた様子であった。
(とにかく、平松商会の被害の確認と労いが先か……というか、平松商会って名前……ちょっとダサいな。……商人は世を忍ぶ仮の姿、一度戦場に出ればそれは……みたいな感じで、戦う時だけ名前変えようかな。うん、そうしよう)
等と下らないことを考えながら、時田はその場を過ごすのであった。