「……」
「……」
道三と義龍の二人は互いに睨み合っていた。
道三は槍、義龍は刀。
リーチの差で不利なのは義龍であり、それを理解していた義龍も慎重に動く。
「はぁっ!」
先に動いたのは道三であった。
道三として、出来る限り早めに決着をつけたかったのは明白であった。
というのも道三は既に歳であり、長期戦になり体力を損耗すればするほど道三にとっては不利になるのである。
「くっ!」
しかし、義龍も道三の正確無比な突きを何とか躱す。
斎藤道三には槍について逸話がある。
それは、早くから槍の有用性に気付き、猛稽古をし、一文銭の穴を百発百中で突き抜く程の槍の使い手となったという。
無論、この逸話が事実かどうかは定かでは無い。
似た話として、油売りの際に一文銭の穴に油を通して注ぐという大道芸じみた真似をしていたという逸話もある。
どれも唯の逸話であり、どちらかの話が歪曲して伝わったのかもしれず、それを示す証拠も無い。
ただ一つ言えるのは、今の斎藤道三は、一人の武将として、武士として、槍の扱いに長けていた。
「はぁっ!」
「ぬっ!?」
しかし義龍は道三の繰り出した槍を掴み、道三の態勢を崩す。
義龍は片手で刀を振るが、それは空を斬る。
道三は既に槍を手放しており、すぐさま刀を抜いていた。
再び睨み合いが始まる。
「……義龍」
すると、道三が口を開く。
「儂もかつての主家を追い落とし大名にまで上り詰めた身。お主のことを咎める事など到底出来ぬ」
「……」
義龍は静かに道三の話を聞いていた。
「しかしな。これだけは言える」
道三は刀の切っ先を義龍に向け、言い放った。
「父を裏切りその座を奪ったお主は、かつて土岐家を追い落としその座を奪った儂の血をしっかりと受け継いでおるのだ! 貴様はこの道三の子よ!」
「……黙れ! 儂は、土岐頼芸様の子だ!」
義龍が間を詰め道三に斬りかかる。
すると、背後で義龍の背後で鬨の声が上がり、銃声が轟く。
「な……」
義龍が振り返ると、既に本丸には明智の旗が並んでいた。
それは、本丸が陥落した事を示していた。
「だから、儂に負けるのだ」
「な……」
振り返り、道三の方へ視線をやると、道三は刀を突き出してきていた。
「ぐっ……」
義龍は反応しきれず、義龍の喉には道三の刀が突き刺さっていた。
「このような状況に陥れば、本丸が落ちた所で大した影響はない。そんな事を気にせず、儂に向かってきていればこの首、取れたものを……」
「な……何故」
義龍は道三が突き刺した刀を握りしめる。
その手が傷つき、血が滴っていたが、気にしていなかった。
「……お主と戦いながら儂はお主の後ろの本丸の様子を見る事が出来た。お主と一騎討ちを始める少し前から、本丸では既に明智の旗が動いており、陥落目前だということは分かっていた」
そう話していると、義龍は立つ力さえ無くなったのか、その場に膝をつく。
道三も刀から手を離し、話し続ける。
「だから無駄に話をしたのだ。もしあのままお主が斬りかかってくれば、儂はそのまま死ぬつもりだった。だが、お主は必ず気を取られると分かっていた」
「……」
義龍は出血量も酷く、既に喋る事すら出来ていなかった。
「……血が繋がっていようといまいと、お主が生まれ、赤子の頃から面倒を見ていたのは、この儂だからだ。血の繋がり等どうでも良い。お主は、儂の子なのだ」
道三はそう言うと、その場を去った。
その場に膝をつきながら息絶えた義龍の顔にはうっすらと涙の後があったという。