「……してやられたな」
稲葉山城本丸に籠る斎藤義龍はふと口を開く。
「……いったいどこからが奴の策なのか……」
現在の戦況は最悪であり、残された兵は全て本丸に集結している。
その数、僅か千。
対して時田、斎藤道三の両軍を合わせると二千五百程の兵が既に本丸を取り囲んでいる。
援軍は見込めず、そもそも援軍が来るとしても総攻撃をかけられれば一瞬で壊滅する。
そんな状況であった。
「……思えば、敵が悪すぎた。美濃のマムシに切れ者の明智。それに、織田の元で力を蓄えた時田を敵に回して勝てるはずがなかったのだ」
義龍は酷く落ち込んでいた。
自分の過ちを悔いていたのだ。
「……いくら兵を蓄えようと、いくら難攻不落の稲葉山城に籠ろうと、諜報戦で奴ら相手に勝てる筈が無かった……」
しかし、義龍の瞳に宿る闘志はまだ燃え尽きてはなかった。
「皆の者……」
義龍は立ち上がり、刀を抜き放つ。
「覚悟は良いな。出来る限り敵兵の首をかっきり、語り草にしてやろうではないか」
「おお!」
「我ら、最後までお供致します!」
残された諸将が口々に義龍と運命を共にすると誓う。
「行くぞ! 刺し違えてでも道三を討つ! 皆の者! 我に続け!」
「道三様! 敵が打って出てきました!」
「ほう……義龍め……覚悟を決めたか」
現在、城攻めは一旦停止していた。
山を登りつつ敵と戦うというのはかなり体力を消耗する。
敵の虚を突いてここまで来たものの、兵の疲労がここまで蓄積されていては幾ら何でも戦うことは難しい。
それで、時田とも連携を取り、休息させていたのだ。
「皆の者! 迎え撃つ! 狼煙を上げ、時田にも敵に動きありと知らせよ! さすれば、向こうも勝手に動く筈だ!」
義龍の手勢が道三の手勢とぶつかる。
斎藤家の旗印が入り乱れていた。
「と、殿! 敵勢の勢い凄まじく、押され始めております!」
「兵の疲労も祟ったか……怯むな! 敵も限界が近い! 耐えるのだ!」
道三の言う通り、義龍勢も既に限界を迎えていた。
士気も落ち、本来ならば開城してもおかしくない戦況であったのに、義龍勢は全滅覚悟で道三の首を狙っていた。
「っ! ……義龍」
道三の瞳には、軍の先頭で刀を振るう義龍の姿があった。
その姿を見た道三は、死を覚悟し立派に戦うその姿に何を感じたのか、うっすらと涙を流す。
「……馬鹿者め……」
道三は槍を取り、立ち上がる。
「と、殿!?」
「手出し無用!」
道三は義龍の前に立ちはだかり、槍を構える。
「……義龍!」
「っ!? ……道三……死にに来たか!」
道三の登場に反応し、義龍の兵が二人、道三に斬りかかる。
「ふん!」
しかし、その二人は道三の槍の一薙で討ち取られる。
他の兵が追撃しようとした所、義龍がそれを止める。
「……手出し無用! 道三は儂が仕留める。これは、儂の役目だ」
「……一騎討ちだ! 義龍! 貴様は儂が討ち取る!」
二人の周囲の兵は皆手を止め、二人の結末を見届ける。
親子の一騎討ちが始まる。