「……流石に間に合わないか……」
今川が再度三河に侵攻し、安祥城において激しい戦が繰り広げられていた頃。
時田の下にもその知らせは届いた。
「……でも、少しだけ歴史は変わってる……これ以上関わるべきかどうか……」
誰もいない部屋で時田は一人呟く。
本来ならば、酒井忠尚の上野城は安祥城落城と同じ月に落城する。
しかし、最初の今川軍の侵攻ですでに上野城は開城していた。
それは、時田が平松商会を通じて開城を促したからでもあり、少しずつだが歴史が変わっていた事を示していた。
「……本能寺の変を起こす為に今川が滅ぶのは最低条件……だったら何もしないのが良い筈……」
そして、時田は思う。
「……私は、一体何がしたいの……? 戦の無い世を創る……その理念を果たしたい……そう言いつつも、明智光秀が本能寺の変を起こす……つまり、乱世が訪れる事を望んでる……分からない……でも……」
時田はまだ若い。
自分の思考がまとまりきっていないことに苛立ちを覚えながらも、考えを巡らせる。
そして、時田の脳裏に竹千代の顔が浮かぶ。
時田は覚悟を決めた。
「今、やりたい事は分かる……小次郎」
「は!」
時田が声を掛けるとすぐさま小次郎が入って来る。
「平松殿に伝えてください。安祥城に入城せよと」
「し、しかし……どうやって?」
時田は頷く。
そして、懐から文を取り出す。
「私に考えがあります。策についてはここに記してあります。後は状況に応じて臨機応変にこなして下さい」
時田はあらかじめ安祥合戦にどう関わるかを考えていた。
そして、包囲された安祥城に入城する方法を、密かに練っていた。
「これを平松殿に。準備が間に合っていないのは分かってますが、現状で対処するようにと。なんとかお願いします。と、伝えてください」
「は!」
小次郎は文を受け取ると、すぐさまその場を後にする。
「……なんとか上手く行って欲しいけど……」
「おう、小次郎殿。その文は?」
小次郎が時田からの文を片手に部屋を出ると、その様子を見ていた康高が小次郎を呼び止める。
「おお、康高様。これは時田殿から平松殿に向けた書状。どうやら、安祥城での戦での策が記されているようにございます」
「……中身は見たのか?」
小次郎は首を横に振る。
「いえ、某が気にすることではありませぬ故。某は時田殿に言われた通りにこれを届けるだけにございます」
「……そうか……小次郎殿。三河については俺の方が詳しい。俺が届けよう」
「……しかし、これは時田殿から直接預かった物。おいそれと手放す訳には参りませぬ」
「……ちっ、分かったよ」
小次郎の固い意志を汲み取った康高は早々に手を引く。
「じゃ、留守は任せてくれ。必ず時田殿の身は守ってみせる」
「頼みましたぞ!」
そのまま、小次郎は走り去っていく。
「……何処まで見通しているのか、調べる良い機会だったが……まぁ良い。機会はいくらでもあるからな……」
康高はため息をつく。
「何の機会が、いくらでもあると?」
「うぉっ!?」
すると、背後から声がし、振り返る。
そこには、時田が怖い笑顔で立っていた。
「と、時田殿……」
「……はぁ、まぁ良いですけど。あんまりコソコソするのは好きじゃありません」
「……まぁ、俺の……というか忠尚様の狙いがバレた以上、隠す必要もないか。改めて、よろしく頼む。見定めさせてもらいますよ」
康高は改めて時田に挨拶をする。
「分かりました。じゃあ、この後もよろしくお願いします」
「……え? この後?」
「戦ですよ。大須賀康高殿。平松商会、出陣です」
時田の作り上げた平松商会、初の仕事が迫っていた。