それから数ヶ月後。
再び三河に動乱が訪れた。
1549年、9月。
太原雪斎は再び軍を率いて三河に兵を進めた。
その知らせは、三河に目を光らせていた信秀の下にも知らされる。
「雪斎め……ついに来たか! 政秀! 予定通り、援軍に向かえ!」
「は!」
雪斎の再びの出陣を予測していた信秀はすぐさま平手政秀を安祥城の信広の下へ援軍に向かわせた。
当初、政秀の援軍に士気を取り戻した安祥城の織田勢は打って出て信広指揮のもと、頑強に抵抗した。
しかし。
「放て!」
戦場に轟音が轟く。
「な、なんじゃあ!?」
「雷でも落ちたのか!?」
「に、逃げろ! あ、あれは鉄砲だ!」
雑兵達は聞いたこともない轟音に、逃げ惑う。
「くっ……鉄砲か……あんな物を使うとは……」
今川軍の予想だにしない装備に政秀は頭を抱える。
当時、鉄砲は装填に時間がかかり、高価だった故、戦道具として見ていた者は少ない。
それ故、流通量も少なく、雑兵は見たことが無いものが大半であった。
見たことがあったとしても、実戦で使われる物をみたことがあるのは更に少ない。
それに加え。
「くっ……信広様の軍と分断されてしまったか……これでは安祥城に逃げる事も出来ぬ……流石は雪斎よ」
雪斎は信広と政秀の軍を分断するように軍を差配する。
織田軍は黒衣の宰相に翻弄され、手のひらの上で転がされていた。
戦況は、明らかに織田方の劣勢であった。
「放て!」
再度轟音が響く。
その轟音に、織田の兵達の士気はついに崩壊する。
「待て! 逃げるな! 戦え! 鉄砲は装填に時間がかかる! 臆することはない! ……くっ……無駄か……ならば」
平手政秀が必死に兵を止めようとするが、効果は無く、皆が逃げ出す。
安祥城への政秀の援軍は、壊滅することとなる。
「全軍、撤退だ! 兵を一人でも多く生きて帰すぞ!」
平手政秀は残っている兵を指揮し、統率して撤退することを決意する。
現状の兵力では援軍どころか足手まといになると考えたからである。
「雪斎様。如何なさいますか? 今追撃すれば多くの敵を討ち取れますが……」
「いや、本気では追わぬ。しかし、追わねば態勢を立て直して来るかもしれぬ。安祥城に入らぬように、壊滅までさせずとも良い。尾張に追い返す程度に追撃せよ」
「は!」
太原雪斎の手腕により、平手政秀の率いる援軍は尾張へと撤退。
今川軍に対して然程の被害を与える事も出来無かった。
信広は、西三河の織田勢は孤立した。
「……ここまでか」
「信広様……」
城外で戦を繰り広げていた信広は平手政秀の敗走を目の当たりにし、負け戦だと理解する。
「一度城まで退くぞ。敵が平手殿を追い、こちらに向かって来る兵が少なくなっている今の内に籠城の支度を整える」
「……は」
信広は安祥城に撤退し、籠城の支度を整える。
しかし、信広の中でどうするかは決まっていた。
「一月だ」
城内で主だった家臣を集め、信広は口を開く。
「一月耐えるのだ。平手殿が再び援軍を連れて現れてくれるやもしれん。皆の者、頼むぞ」
信広は一応、籠城の構えを続けた。
しかし、勝ち目がない、援軍が来ないであろうことは明白であった。
(父上は今川の侵攻に備えてきた……その備えである平手殿が負けた以上、これ以上の援軍は見込めない、か……腹をくくるか)
安祥合戦の結末は、すぐそこまで迫っている。