「おお、時田。帰ったか」
「信長様。只今、戻りました」
時田は広忠暗殺の任を終え、尾張に帰って来ていた。
まずは信秀に挨拶をするべきであったが、真っ先に信長の下へ向かっていた。
その理由は、一つであった。
「それでその……竹千代様は?」
「うむ。既に到着しているぞ。何も問題はない」
すると、信長の後ろから竹千代が顔を出す。
「竹千代様。ご無事で何よりです」
「……いや、それがな」
信長が訝しげな表情で続ける。
「父上が少々怪しんでおる」
「……え?」
「どうやら、お主が三河へ向かったのと同時に竹千代の姿が見えなくなったのを不審に感じたらしい。それに、広忠が死んだと聞いたと同時に竹千代が姿を現したからな……明確な証拠が無い故、問い詰められてはおらぬがな」
「成る程……」
信長は暫く考えた後頷き、時田に喋りかける。
「時田。すぐにでも父上の下に向かうのが良いだろう。安心せよ。すぐに俺も向かう」
「はい。分かりました」
時田は軽く頭を下げてその場を後にする。
(……さて、どうなるかな……)
「信秀様。只今戻りました」
「おお。無事に広忠を殺したようだな。よくやったぞ」
時田は信長の言葉を受けてすぐさま信秀の下へ顔を出した。
信秀から疑いの目を向けられると思っていた時田は、信秀の称賛の言葉に驚きを覚えつつも、表情を変えずに信秀に挨拶を続ける。
「ありがとうございます。この度の任務の成功は、信秀様から頂いた資金のお陰。私は大したことはしておりません」
「謙遜はよせ。お主の功績は誰もが認めておる。まぁ、与えた任が大事ゆえ、大っぴらには出来ぬがな」
そして、信秀は鋭い目つきで時田を睨みながら続ける。
「さて、時田よ……お主のお陰で今川が安祥城に攻め寄せておる。それがお主のせいだと言う者もいる。それに加え、儂が直臣ではなく、侍女のお主に広忠暗殺の任を与えた事をよく思わない者がおる……」
「……」
時田は信秀の狙いは分かっていた。
時田の出発と同時に竹千代の姿が見えなくなった事を怪しんでいた信秀は、時田の動きを封じようとしていたのだ。
(もし松平……いや、今川と通じているのならば危険極まりない。なら、動きを封じるのは道理か……無理に抵抗せず、受け入れよ)
時田は信秀の言葉の続きを予測しながら待つ。
しかし、信秀の口から出たのは、時田が予測していた物とは全く違った。
「そして、お主が城を発ってから竹千代が姿を消した。お主が帰ってきたら、竹千代が現れた。それを裏切りと言うものもおる……よってお主を斬る」
「……え?」
突拍子もないその言葉に、時田はあっけにとられる。
信秀は刀を取り出し、それを抜き放つ。
そして、時田の首に当てる。
「お主程の逸材が敵に寝返れば苦戦は免れないだろう。疑わしきは罰せよ、だ」
「……な、成る程……?」
時田の思いもしない所で、危機が訪れる。