「攻め続けよ! 殿の仇を討て!」
「決して通すな! 織田の力を見せつけてやれ!」
今川方先鋒、松平勢の攻勢は昼夜問わず続いていた。
しかし信広も良く防ぎ、戦は続いていた。
「忠高殿! これ以上はもう保たぬ! 一度引くぞ!」
「いいや! もう一押しで勝てる! 残すは本丸のみなのだぞ!」
「しかしもうすでに限界だ!」
「ええい! 邪魔だ!」
静止する大久保忠俊の言葉を聞かず、忠高は攻め続ける。
既に織田方、松平方双方ともに限界がきていた。
しかし攻め手の松平勢の方が、若干被害が大きかった。
「くっ! 儂が前に出る! 皆、ついてこい!」
忠高は自ら槍を振るい、敵兵を倒していく。
その勢いに押され、織田方は引き始める。
すると、本丸の城門が開く。
「退け! 退けぇ! 本丸で耐えるぞ!」
城外の敵兵は皆、本丸へと退いていく。
本丸の城門は、まだ少しだけ開いていた。
「今だ! 城門は空いておるぞ! なだれ込め!」
「ま、待て! 忠高殿! 罠だ!」
忠高が一人、先頭に立って城門へと走って行った。
しかし、兵達は疲労から殆どついていけず、忠高のみが本丸の城門の前に辿り着いた。
その次の瞬間、再度城門が完全に開かれる。
「な……」
するとそこには、大量の織田兵が弓を構えていた。
思いもしない展開に、忠高の足は止まる。
「本多忠高! 覚悟せよ!」
「織田信広……か……」
織田兵の先頭には織田信広が立っていた。
そして、兵達に一斉射の合図を出すため、手を挙げていた。
「ちぃっ!」
忠高は槍を握りしめ、敵に突っ込む。
「我こそは本多忠高! 先代、松平清康様の代より仕えし者である! 我と矛を交えし事、誇りに思うがよい!」
「……放てぇ!」
信広は手を振り下ろす。
それと同時に無数の矢が忠高目がけて放たれる。
「……ぐっ」
忠高に無数の矢が突き刺さる。
しかし、忠高はまだ膝をつかない。
槍を地面につき、かろうじて立っていた。
「ま……だ……まだ……」
槍を杖代わりに一歩ずつ、少しずつ歩みを進める。
「まだだ!」
本多忠高は刀を抜き、最後の力を振り絞って信広めがけて刀を投げる。
その刀は、信広に届く。
「く……」
しかし、信広に届く頃には既に勢いは無く、鎧に弾かれるのであった。
「……本多忠高……誠に見事な武士である」
信広は兵から弓を受け取り、矢をつがえる。
「さらばだ……松平家一の忠臣、本多忠高よ」
「……ふっ」
忠高が最後に見せた顔は、笑っていた。
信広は矢を放つ。
放たれた矢は忠高の眉間に突き刺さる。
そして、忠高はついに倒れた。
「……忠高殿……」
「大久保様……如何なさいますか?」
その一部始終を見ていた大久保忠俊はすぐさま決を下す。
「撤退だ。忠高殿のお陰で我等は敵の罠にかからなかったのだ。無駄にするな」
「……は」
「ああして注目を集めることで、我等に攻撃が来ぬようにしたのだ……退くぞ」
松平勢は兵を引く。
織田勢も、それを追うことは無かった。
「本多忠高……か」
信広は忠高の遺体に近付き、手を合わせる。
「誠に天晴よ……しかし、今川の本隊が残っている……いつまで凌ぎきれるか……」
安城合戦は、まだ終わらない。