「忠高……すまぬな……」
「何も気に病む必要はありません。責任は、あなたを生かす選択をした私にありますので」
遠くから安祥城の戦いを見守る二つの影があった。
その一つは時田であり、もう一つは、死んだ筈の松平広忠と瓜二つである。
「しかしな……」
「いえ、私のことは恨んでくれて構いません。斎藤利政様の言った、戦のない世を作りたいという願いを叶える為に、このような戦を起こさせているのですから」
「……戦のない世……か」
男はしばらく考えてから、口を開く。
「あの後、お主の再びの説得で心が変わった時にも申しておったな。本当に可能だと思うか?」
「はい。ですが、それにはかなりの年月を要します」
時田は目の前の戦の光景を見ながらつづける。
「広忠様……いえ、今は忠広様でしたね。忠広様にはぶっちゃけますが、目的の為にお仕えする主には内緒で、独自に動かせる手勢が欲しかったのです」
「成る程な……竹千代を儂に会わせ、命を救い、恩を売って儂を使い潰そうという訳か……中々人が悪いな?」
すると、時田は笑う。
「ふふ……ありがとうございます。褒め言葉として受け取っておきます。ですが安心してください。使い潰すつもりはありませんので」
「ほう?」
「ここぞというときに動いてもらいたいと考えておりますので。それまでは、あなたには平松商会として商いをしてもらい、銭を蓄え、私兵を雇い、戦に備えておいてもらいたいのです。よろしいですか? 平松忠広様?」
すると、平松と呼ばれた男は笑う。
「ふ……全くお主は……どこまで先を見据えているのだ? 恐ろしいな、本当に」
「ありがとうございます。これからも、本来ならば死ぬ筈であった者達を救い、仲間を増やして行きたいと考えてます」
「ふむ……死ぬ筈であった者、か……それが何故分かるのかは……聞かないでおこう」
「……殿」
すると、二人の背後からまた別の男が姿を現す。
「待て、今は殿ではない」
「は……平松様。そろそろ参りませぬと……」
「私は……もう少し見ていきます。先に行っていてください」
時田がそう言うと、二人はその場を去ろうとする。
「……平松様」
しかし、時田は平松を呼び止める。
「……どうした」
「ここから先、私は平松商会の運営について事細かく口出しする事は難しくなります。平松商会との関係は、あくまで極秘裏という事でお願いします。なので、平松様の事を慕ってついてきた方々を大事にしてください」
「……うむ。勿論だ。松平家の……儂の家臣という立場を捨て、事情を理解してついてきてくれた者達を、無下にはせん」
「……では、いずれまた知らせを出しますね。私にも付き従ってくれる者が出来ましたので……不本意ですが」
時田の傍らにはずっと目立たぬように控えていた男がいた。
その男は、山口小次郎であった。
「某は不本意ではありませぬぞ! 信広様には許可を頂いております故!」
「小次郎、うるさい」
「はい! だまります!」
「……じゃあ、儂は帰るぞ」
平松は頷き、今度こそその場を後にする。
そして、小次郎に聞こえないように呟く。
「……歴史を変えても、私は消えなかった……なら、歴史を変えても大丈夫……もっと良い未来にも……できる……?」