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第37話 忠尚との結末

 時を少し戻し、時田達一行が上野城にて一晩の休息をしていた時。

 時田は忠尚と別室で話し込んでいた。


「そう言えば、まだちゃんとした自己紹介がまだでしたね。私、美濃国の主、斎藤利政の家臣、明智光秀に仕えております、時田光と申します」

「そう言えばそうであったな。上野城主、酒井忠尚と申す。よろしくな」


 忠尚は酒を注ぎ、時田に差し出す。

 しかし、時田はそれを受け取らない。


「私は未成年なので駄目です」

「未成年? なんだそれは」

「え〜と……まぁ、私にはまだ早いと言うことです」

「そうか……まぁ、仕方があるまい」


 忠尚は差し出したその酒を飲み干す。


「しかし、お主、十六と言ったか? その歳でそれだけの傷、一体幾つの戦場を経験してきたのだ?」

「いえ、二回ほどです。相当運が悪く、その二回、どちらも傷を負ってこんな事に」


 時田は代わりに用意されていた水を飲む。


「そうか、そんなに運が悪いというのならば、これまでも苦労しておろう」

「まぁ……実のところを言うと記憶を無くしておりまして、明智家にお世話になる前の事は何も覚えてないのです。因みに、その時に右手の指を失いました」

「記憶を……つくづく運が無いな、お主」


 時田は軽く笑いつつ答える。


「いやぁ……本当に。こんな状態だと明日以降の策も不安が多いですね」

「……」


 しかし、笑っている時田に対して、忠尚は難しい顔をしていた。

 それを見た時田は疑問をぶつける。


「……どうかされたのですか?」

「……いや、もし広忠殿が首を縦にふらなかったら、と思ってな」

「……そうでしたか。確かに、そこも考えなくてはなりませんね」


 時田は良い策を思いつく事はある。

 しかし、意表を突かれたりすると対応が遅れてしまう欠点がある。

 そして、初歩的な事を見落としていたりもする。

 今回も、説得する方法を考えているだけで失敗した時の事を考えていなかった。

 どうしたものか、と考えを巡らす時田をよそに、忠尚が口を開く。


「……よし、決めたぞ」

「どうするのですか?」

「……もし失敗したら、広忠を殺そうと思ってな。どうだ?」

「っ!?」


 その言葉に、時田は怒りを覚える。

 竹千代の事を第一に考える時田が、それを許すはずが無かった。 

 時田は立ち上がり声を荒げ、抗議する。


「ふざけないで下さい! そんな事は決して許しません!」

「許さないだと? 貴様……何か勘違いして無いか?」


 忠尚は腰から小刀を即座に抜き、時田の首筋に当てる。

 時田は油断していた事もあり、一切反応が出来なかった。


「う……」

「良いか? 儂はお前を利用しているだけだ。結果的に広忠がいなくなればそれで良い。生きていようが死んでいようがな。つまり、広忠がお主の誘いを断れば、その時は康高と長政に暗殺させる」

「……それを、私が見逃すとでも?」


 忠尚は表情を変えずに続ける。


「その時は、お主も殺すだけのことよ」

「……そんな事をしては、織田家とも……斎藤家とも敵対することになるかもしれませんよ。それはあなたも望んでいないでしょう」

「……ふ」


 すると、突如として忠尚は大きく笑う。

 そして、刀をしまった。


「ふははは! やはりお主は面白いな!」

「では……今のは嘘ですか?」

「いいや、本当だ。まぁ取り敢えず、座れ」


 忠尚ももう一度座り、酒を飲む。

 その様子を見た時田も渋々座る。


「策が失敗したその時、広忠を殺そうとすれば、お主が妨害するだろう。ならば、任務は失敗したと信秀に報告しに戻った時に狙うまで。お主のことを殺そうなどとは思わぬ。そこから先は儂が個人的に動くだけよ」

「……でも、広忠様を殺そうとは思っているのでしょう?」


 忠尚は頷く。


「あぁ。だが、それはお主が広忠を説得すれば良いだけの事。それに、策が失敗したと言う事は、恐らく竹千代も向こう側に捕縛される。そうなれば、勝手に竹千代を連れ出したお主の命はないだろう。まぁ、頑張れよ。」

「……」


 時田は考えを巡らせる。


(……竹千代様を松平家に確保されては歴史が大きく狂ってしまう……そうなっては、もはや修正は不可能か……もし、そうなったら……仕方が無い……か)


 時田は静かに頷く。

 それを確認した忠尚は話題を変える。


「……さ、難しい話も終わりにしよう! それでどうじゃ? 今夜は儂と共に寝るというのは? 儂の側室にでもなれば……」

「……無理です。お断りします。変態は黙ってください」


 忠尚の顔はほのかに赤く、酔っていることが分かる。


「ふふ……冗談だ! しかし、儂にそのように言える女子などそうそうおらぬぞ! そういえば、康高はお主のことを本当に気に入ったようだぞ? そこはどうなのだ?」

「ありえません! あぁ、もう! 酔っ払いは面倒臭い!」


 やかましく、夜は過ぎていった。

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