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第32話 酒井忠尚という男

「松平竹千代様……ですか? 何故、この子をそうだと? それに、竹千代様は織田家に人質に行かれているのでは?」

「はっ、もう良い。お主の最初の反応でもう分かったわ。誤魔化すのはやめよ」


 時田は懐の小刀の感触を確かめる。

 しかし、それすらも忠尚には見抜かれていた。


「無駄な事を考えるのはよせ。お主に何が出来る?」


 すると、武装した兵達がなだれ込んで来る。

 皆刀を抜いており、いつでも切り殺せる状況であった。

 時田は咄嗟に反応し小刀を抜き、一番近くにいた敵を組み伏せる。


「ぐっ!」

「動くな! 動けばこの者の命は無いぞ!」


 小刀の切っ先を男の喉元に当てる。

 一連の騒動で不安に感じた竹千代は時田に近寄る。


「と、時田殿……」

「竹千代様……ご安心ください。必ずや守ってみせます」

「くっ……はははは!」


 すると、忠尚は大きな声で笑い始めた。


「よもやここまで上手くいくとはな! 良い! 皆下がれ!」


 忠尚がそう言うと、兵は皆刀をしまい、後ろに下がり、座る。


「……え?」

「そろそろ離しては貰えぬか?」


 組み伏せられた男も刀を手放し、敵対する意思がないことを示す。


「このような好みの女子と密着出来るのはありがたいが……少々痛いのでな」

「な、何を!? 気持ち悪い! 私はまだ十六ですよ! 変態!」

「何か問題があるのか?」


 時田は慌てて男から離れる。

 そして、男は立ち上がる。


「康高。程々にせよ」

「は」


 康高と呼ばれた男は忠尚に答え、一人残された竹千代に近付く。


「あっ!」


 時田は竹千代と離れてしまったことに気が付く。

 すると、康高は竹千代の前に膝をつき、頭を軽く撫でる。


「怖がらせて申し訳ありませぬな。危害は加えない故、ご安心下され」


 そう言うと、康高も他の者と同じように下がっていく。

 時田は竹千代に近付き、守るように忠尚と対面する。


「……」

「さて、時田殿。我等に敵意が無いことはわかってくれたかな?」

「……ええ、しかし、竹千代様が本当に竹千代様かどうかは分かっていなかったようですね?」


 すると、忠尚は頷く。


「うむ。上手く引っかかってくれて助かったわ」

「む……」


 その反応に、時田は機嫌を悪くする。


「はっ、そう怒るでない。儂の放った間者の知らせでおおよその察しはついておったのだ。お主らが三河に入った頃からな」

「という事は……」

「うむ。お主が出会ったのは儂の間者だ。この乱世、生き残るためには強い者に従うのが一番だからな」


 時田は溜め息をつき、座る。


「で、私達をどうするおつもりですか?」

「どうするもこうするも無い。お主らの企てに一枚噛ませて貰おうと思うてな。康高」

「は」


 すると、男が前に出る。


「某、大須賀康高と申しまする。これより、某ともう一人、今ここにはおりませぬが、榊原長政と申すものが、時田殿らの手助けを致しまする」

「大須賀康高……榊原? って……あ!」


 大須賀康高。

 後に徳川十六神将の一人に数えられる名将である。

 後に徳川家に仕え、数々の働きを成している。

 それに加えて榊原長政。

 徳川四天王の一人に数えられる榊原康政の父である。

 因みに、榊原康政の妻は、大須賀康高の娘であるという。


「む? ご存じでしたかな?」

「い、いえ……」


 そこで、時田はとあることに気が付く。


「……私たちの目的も、知っているのですか?」

「……知らぬ。まぁ、大凡の想像はつくがな。どちらにせよ、織田家とのつながりの為、協力させていただきたいのだ」


 忠尚の言葉に、嘘偽りは無いように思えた。

 時田は、この男の言葉を信頼し、時田の任務を話すことを決めた。


「私達は、松平広忠殿の暗殺をしにきました。酒井忠尚殿。どうか、ご助力お願いいたします」


 時田は、深く頭を下げた。

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