「待て! 何者だ!?」
時田は松平の家臣、酒井忠尚の上野城下へ訪れていた。
それは、於大に聞いた、竹千代の顔を知らない城主である。
「どうも、私……たきと申します。我等は戦火によって両親を失い、商人として各地を回っております。戦が近いとの事で、何か売り込めないかと思い馳せ参じました」
「……しばし待て」
門番はそう言うと、城内に下がっていく。
時田達は久松からの策のための物資を持った増援とも合流していた。
その数は総勢50名にも上っていた。
久松の力の入れ具合が、その本気さを表していた。
しかし、策のためにも城を訪れたのは10名程である。
他の者は城外にて策のための下準備を進めていた。
「さて……通してくれるでしょうかね」
「さぁ? もし通してくれなかったら……」
時田は小次郎に右手で左目を指し、笑う。
「泣き落としですか……笑えませんよ……」
「そう? でもいざとなったらやるからね」
等と話していると、門番が帰ってくる。
「通れ。殿がお会いになるとのことだ」
門番の案内の下、上野城内に入って行く。
そこには、武装した兵がおり、戦が近い事を表していた。
「おい。何をしている。こっちだ」
「は、はい!」
「おっと。通るのは商人のお主だけだ。他の者と荷はそちらに通して置いてくれ」
小次郎は頷き、指示された方へ行く。
門番が時田だけ通るように言ったが、時田は首を横に振る。
「申し訳ありません。弟はまだ幼い故、私から離れたがらないのです。共に行ってもよろしいですか?」
「……うむ。しかし、無礼な真似はせぬようにな」
「お主が、たき、か。商人らしいな。何を売ってくれるのだ? 期待してもよいのだな?」
上野城主、酒井忠尚。
この男は今川義元から後の德川家康と同格に扱われていたともされており、この男の一族、酒井家からは後に徳川四天王の一人に数えられる、酒井忠次が生まれている。
しかし、この男は数年前から幾度となく松平家に逆らっていた。
幾度となく織田家へついていたが、情勢によって広忠に降り許され、今は松平家に仕えていた。
「は。武器兵糧、何でも……」
「いいや、それよりももっと大きな商品を持って来たようだな? 儂には分かるぞ」
「え?」
忠尚は時田の影に隠れている竹千代を指差す。
「そちらの幼子、特大の商品ではないのか? それを今川に差し出せば、多大な恩賞が約束される。それ程の品と見た」
「……」
忠尚は笑みを浮かべる。
「たき……いや、時田殿。そちらの幼子は、松平広忠の嫡男、松平竹千代殿で間違いないかな?」
「……」
時田の困難は、絶えない。