「さて、竹千代様。予期せぬお供が出来ました」
「予期せぬお供?」
時田は人目のつかぬ所で待っていた竹千代と話していた。
小次郎に竹千代の正体を知られる訳には行かない。
そう考えた時田は対応策を練った。
「はい。信広様のご意向で、山口小次郎と云う者が荷車の押し手兼、護衛としてついてきてくれるそうです。ですので、これから貴方様の事は……竹と呼びます」
「竹? 何故ですか?」
「……あなたの正体を知られない為に、今なんとなく考えました。取り敢えず、よろしいですか?」
すると、竹千代は不満そうな目で返す。
「何故、竹なのですか?」
どうやら竹千代は竹という名に気に入っていないようであった。
竹千代は時田に何故竹になったかを必死に聞き出そうとしていた。
「……それは……」
時田は理由を探す。
この命名の理由は単純である。
竹千代の竹を取っただけだ。
安直な考えが、竹千代を不満にさせた。
それを理解していた時田は、逃げた。
「……なんとなく! です!」
堂々と、自信たっぷりな時田を見て、竹千代も諦める。
「……まぁ、良いです。これからは竹、という事で覚えておきます。しかし、例の策について、どうするのですか? 事情を理解していない者を新たに加えるとなると、予定が狂うのでは?」
「そこなんですよね……策を理解している久松様の手勢とも合流しなければならないのに……」
そして、時田は溜め息をつく。
「……取り敢えず、戻りますか。対応策は道中練ります」
「はい……」
策とはあまり上手く行かない物だと、時田は頭を抱えたのだった。
「おお! お待ちしておりましたぞ! 時田殿! ささ、参りましょう!」
荷車の場所に戻ると、先ほどと同じように、小次郎がやかましく出迎える。
「おや? その幼子は?」
「三河の地に詳しい商人の息子とのことです。道案内を頼みました」
「しかし……幼子である理由は?」
小次郎の疑問も最もである。
竹千代は時田の後ろに隠れ、ずっと服の裾を握っている。
しかし、時田はその答えも用意していた。
「この子と私は姉弟と言うことにします。戦火によって両親を失い、家財を売って、商人として旅をしていると……そうして、松平方に泣き落としにかかります。それでも通してくれぬのなら、小刀を喉に当てここで死ぬ! と、叫びます。そうすれば通してはくれるでしょう」
「ほ、ほう……中々良いのでは無いですか?」
小次郎は若干引きつつ、時田の策を褒める。
時田は頷く。
「この目と指も相まって、相手は同情してくれるでしょうね」
「ですが、私のことはどう説明するのでしょうか……家財を売って、ともなると押し手を雇う金も無いと思うのですが……」
しかし時田は先程とは違い、すぐには答えない。
暫く思考をめぐらした後、答える。
「……私達と同じように戦火によって全てを失った人という事にしましょう。道中集めた策のための人員も同じ設定で進めます。戦災で全てを失った者達による商人集団とかって設定にしましょうか」
「……今思いついたのですか。しかし、流石は信秀様の覚えもめでたい時田殿! 既に策のための下準備も済んでいるのですな! さ、そうと決まればすぐにでも行きましょうぞ!」
「……時田殿……この人大丈夫ですか?」
「……多分」
若干小次郎に引っ張られる形で時田達は松平領へ進む。
時田の任務が今始まったのであった。