「お主が時田殿か。聞いていた通りの風貌だな。自己紹介がなくても分かったぞ。それにしても、遅かったではないか」
「申し訳ありませぬ。道中、今川の間者に襲われました」
安祥城に入城した時田達は城主である織田信広に謁見していた。
時田の報告を聞いた信広は頭を抱える。
「そうか……実はな、それには頭を悩ませていたのだ」
話によれば、信広が放った伝令はその殆どが今川の手の者によって仕留めれていた。
しかし、信秀からの指令はその殆どを通し、信広の返事は通さない事で、織田家に疑心暗鬼を生ませるなど、今川の策略が既に行き渡っていた。
それによって、信広ではなく、信秀自ら時田を派遣し、広忠の暗殺に動いたのであった。
「父上も焦っておるのやもしれん。美濃との一件で織田の勢力が弱まったと見られるのを恐れているのだ。我らのできることは、ただひたすらに今川の侵攻を退けるだけ。時田殿。そなたの働き次第で、織田家の未来が変わってくる。頼んだぞ」
「はい。お任せ下さい」
時田は頭を下げる。
目の前にいる男、織田信広は尾張国の領主、織田信秀の長男である。
しかし、側室の子である信広に家督を継ぐ資格は無く、正室の子である信長が家督を継ぐ資格を有していた。
「それでは、信広様。この近辺の近況をお教え願いますか?」
「無論だ。何でも聞いてくれ」
「では、松平家の動きについてお聞きしたいです。出来れば、広忠の居場所も」
信広は頷く。
「うむ。こちらもある程度は掴んでおる。広忠はまだ居城の岡崎城にいる。しかし、戦支度も整えており、出陣が近いのではと考えている」
「成る程……」
因みに、竹千代は城下においてきていた。
この安祥城を含め西三河には松平家と関わりが深かった者も多く、予期せぬ所に竹千代の顔を知る者がいるかもしれなかったからである。
時田は臆病過ぎるくらいが良いと考えていた。
「今川は万の軍勢を用意しているとも言われている。三河衆の足並みを崩すことが出来れば勝機はある。頼んだぞ」
「は!」
「すでに荷物の準備は済んでいるが……ここで少しくらいゆっくりすると良い。疲れを少しでも癒して、必ずや広忠を仕留めてくれ」
「それは……お断り致します」
時田は信広の申し出を断る。
時田の頭には、竹千代の顔が浮かんでいた。
もし竹千代を城下町に残して一人で城で泊まっていたら竹千代が悲しむと思ったのだ。
「織田家のため、今すぐにでも広忠暗殺を成し遂げて見せます! それでは!」
そのまま、時田はその場を去っていく。
「……父上が気に入る理由もわかるな……」
「……ふぅ」
「時田様! お荷物はこちらでございます!」
城を出ると、信広が用意した荷車が置かれていた。
その側には若い男が立っている。
男の言葉に、時田は感謝を述べた。
「ありがとうございます」
「本当に護衛はいらないので?」
男の問いに、時田は答える。
「はい。無駄に警戒させてしまうので」
「了解致しました。では、参りましょう」
「……え? 来るんですか?」
男は頷く。
「ええ! 荷車の押し手は必要でしょう? 某、戦に備えて足軽として雇われている山口小次郎と申します! 信広様より、護衛兼荷車の押し手として共に行くように言われましたので!」
「……そうでしたか……」
時田は少し考え、口を開く。
「……少し、待っていてください」
「どちらへ行かれるので? 何でも致しますぞ!」
すると、時田は小次郎を白い目で見つめる。
「女子の行く先をその都度聞くような男性は嫌われますよ」
「……これは、申し訳ありませぬ」
そのまま、時田はその場を去る。
そんな後ろ姿を、小次郎は見つめていた。
「……良き女子だ……」
小次郎はポツリと呟く。
「……その風貌、まるで歴戦の猛者のようで、時にどこか優しく、意思の強い女子……良いな」
人知れず、ファンが増えた時田であった。