「で、ついてきてくれるんだ?」
「ええ! また厄介事に巻き込まれるかもしれませんのでね! あの者達の仲間がいつどこで見ているかもわからんので……」
藤吉郎はキョロキョロと辺りを見渡しながら続ける。
事実、警戒は必須であった。
西三河は織田家の勢力範囲だが、今川の手が伸び始めている。
これは侵攻が近いという証拠でもあり、油断は決してできなかった。
「……で、どこへ向かわれるので?」
「安祥城。織田信広様の下へね」
「ほうほう。それはまた何故ですかな?」
時田は質問を繰り返す藤吉郎に少し違和感を感じた。
「……それはちょっとね。私達は織田家に仕える人間だから、部外者には簡単には教えられないかな」
「……確かに! それもそうですな! 失礼致した!」
「安祥城にさえつけば、商売道具とかも用意できる筈だから、そこまでで大丈夫だよ」
「成る程……」
そう言うと、藤吉郎は少し残念そうな顔をする。
が、すぐに笑顔に戻る。
「左様でしたか! ならば、問題はありませぬな!」
などと話していると、安祥城が見えてくる。
既に人の往来も多くなって来ており、今川の間者が手を出せるような場所ではなくなっていた。
「……よし、ここまでで大丈夫そうだね。藤吉郎君。ありがとう。本当に助かったよ」
「いえいえ、何か人の役に立ちたくて家を飛び出したので、本当に良かった! では!」
そこで、時田はある事を思い出す。
「あ! 藤吉郎君は何処にいるの!? 何かお礼を……」
「……それは……分かりませぬな! 新しい商売道具も手にした故、様々な所を見て回るつもりにございます! いずれ大物となってるはずなので、すぐに会えますぞ!」
藤吉郎は頭を下げてそのまま去って行く。
その後ろ姿を見て、ずっと黙っていた竹千代が口を開いた。
「私は……あの人があまり好きではありません」
「ん? どうしてですか?」
竹千代は藤吉郎が見えなくなった後でも、そちらを見続け、続けた。
「なんというか……何を考えているか、良くわかりません。全ての言動に裏がありそうで、しかし嘘をついているようには見えない。ああいうのは一番関わるのが面倒な人間だと思います」
「成る程ね……確かに、言わんとしていることは分かります」
確かに、行動は相手を信頼させるが、その発言や表情なんかから疑いが持ててしまう。
竹千代の言う通り、この戦国時代では、一番関わるのが面倒なタイプの人間であると、時田も感じていた。
「……猿か禿鼠か……」
「え?」
「……こっちは狸……」
時田はしばらく考え、呟く。
「これじゃあ向こうが狸に見えるな……じゃあこの子は……」
時田は竹千代を見つつ続ける。
「兎?」
「……あの……何か、失礼なことを考えてませんか?」
そこで時田は我に返る。
「あ、いえいえ! そんな事は……」
「本当ですか?」
「勿論! 竹千代様に向かって只の侍女が兎みたいだなんて言う筈が無いじゃありませんか! さぁ、行きますよ!」
時田は話をそらすかのように竹千代の手を引っ張り、安祥城へ向かう。
「あ、ちょっと! 色々と問いただしたい事が……強引すぎます、時田殿!」
この時、時田は藤吉郎がどこへ向かったのか、見ていなかった。
藤吉郎は遠江、つまり、今川の領内へ向かっていたのだった。
しかし、時田がそれを知ることは無い。