「さて、どういうことか説明してもらおうか。信秀様の策ではあるまい?」
時田は別室で久松に問い詰められていた。
しかし、竹千代と於大の方の感動の再会を邪魔せず、二人の時間を作っている所を見ると、理解してもらえる余地があると、時田は考えた。
「はい。仰る通りです。これは信秀様の策ではありません」
「ならば……松平へ寝返るつもりか? そうだとわかれば……行かせる訳には行かんぞ」
久松は刀に手をかける。
少しでも問題を間違えれば斬られる。
それが分かっていた時田は慎重に言葉を選び、続ける。
「松平へ寝返るつもりはありません」
「ならば何故竹千代殿を連れて広忠暗殺へ向かうのだ? 意味がわからぬぞ」
久松は未だに刀に手をかけている。
未だに油断を許さぬ状況であった。
「私は竹千代殿を広忠殿に会わせたい。それだけです。それさえ済めば、私は竹千代殿を連れて尾張へ帰ります。この事は、信長様も承知です」
「……広忠殿の暗殺はどうするつもりだ。竹千代殿の目の前で殺すのか? それこそ意味がわからん」
「それは、私に考えがあります」
時田は自身の策を久松に説明する。
時田の策を聞いた久松は刀から手を外す。
しかし、その眼差しは鋭いままであった。
「……上手くいくのか?」
「上手く行かせます。必ずや」
二人はしばらくの間見つめ合う。
久松は疑いの眼差しを。
時田はこの人ならば信じてくれるだろうという、信頼の眼差しを。
しばらくの沈黙の後、久松が口を開いた。
「……よし。分かった。信じよう」
「久松様……ありがとうございます!」
「で、儂に何をしてほしい。ここに来たのは於大に会わせる為だけという訳ではなかろう?」
時田は頷く。
「はい。私達はこの後、安祥城の織田信広様の下へ行きます。私達は商人として松平家に忍び込みますので、商人として必要な物をもらいます。その後、広忠殿に接触し……という流れです」
「しかし、松平家の家中には竹千代の顔を知っている者も多かろう。そこはどうするのだ?」
「はい。そこで於大の方様に竹千代様のお顔を知らない家臣の方を教えてもらいます。まずはそこの方から接触し、広忠殿に接触します」
久松は頷く。
そして、時田の知略に驚く。
「いや、すごいな。只の侍女がここまでの策を考えるとは……誠に面白き女子だ」
「はい。つきましては、久松様には広忠殿を殺さずに暗殺するための策に必要な物を用意していただきたいと思いまして……」
時田は懐から文を取り出す。
そこには、策に必要な物が書かれていた。
それに目を通した久松は頷く。
「無論だ。だが、すぐには揃えられぬな……お主らが三河につくころには揃えられるだろう。お主らが三河へ入る頃に儂の手勢が物を揃えて三河に入るように差配しておく」
「ありがとうございます」
久松は頷く。
「うむ。それらの物は任せてくれ。そちらも頼むぞ。必ずや、策を成し遂げてみせよ」
時田の策は順調に進んでいた。
しかし、物事は何もかもが順調に進むものでは無い。
その事に、時田はまだ気づいていないのであった。