徳川家康の生母、於大の方。
於大の方は水野家の出で、松平家と誼を通じていた。
しかし、水野家が織田家についた事で広忠と於大の方は離縁。
織田方の将、久松俊勝に嫁いでいた。
「殿。信秀様からの使いの者が参りました」
「うむ。通してくれ」
時田と竹千代は、久松俊勝の居城、坂部城を訪れていた。
それは、竹千代に母と再会させるためである。
二人は、久松俊勝と面会する。
「時田光と申します。織田信秀様から松平広忠暗殺の任をいただき、それを遂行する為、お伺い致しました」
「うむ。信長殿より文を頂いておる。良くぞ参られた」
竹千代の里帰り作戦遂行の為、信長が手を回してくれていた。
「さて……少し気になっていたのだが……何故、侍女が……というか、真に侍女か?」
久松は時田の風貌を見て、そう聞く。
「まぁ……そうなりますよね……」
「……詳しくは聞かないでおこう。何にせよ、信秀殿がその役目を時田殿に任せたということは、その才があるか、何か策があっての事なのだろう……さて、何をご所望かな? 何でも……」
そこで、久松は時田の後ろに隠れていた竹千代に気が付く。
しかし、久松自身は竹千代の正体には気づいておらず、不思議に思っている様子であった。
「そちらの幼子は……」
「所で久松様。於大の方様はどちらにおられますか? 信秀様から授かった策に少々於大の方様のご助力が必要ですので……」
「ん? そうか。ここを訪れたのはそういうことであったか。すぐに呼ぼう」
久松に竹千代の事を聞かれる前に時田は話題を変える。
久松は一度席を立ち、その場を後にした。
残された時田は、竹千代に声をかける。
「竹千代様。大丈夫ですか?」
「はい。問題はありません。……母上とは、文のやりとりはしておりました。ですが……顔を合わせて話すとなると……どんな顔をしてよいのか、分かりません」
「……それも竹千代様です。無理に取り繕う必要はありません。ありのままの姿をお見せして、お母上をご安心させてあげて下さい」
等と話していると、久松が戻って来る。
於大の方を連れて。
久松と於大は二人の前に座る。
その様子を見た二人は頭を下げる。
「待たせたな。連れてきたぞ」
「時田殿。お初にお目にかかる。於大と申します。この度は……」
二人を見た於大は、時田の背後の幼子に気が付く。
そして、立ち上がり、竹千代に近づく。
「もしや……あなたは……竹千代……ですか?」
その声を聞き、竹千代はゆっくりと顔を上げる。
「お……お久しぶりです……母上……こ、この度は……」
「……竹千代!」
於大は、竹千代に抱きつく。
「何故ここにおるかなど、今はどうでも良い! 良くぞ戻って来ましたね! 私がどれ程逢いたかったことか……」
「は、母上……苦しいです」
そういう竹千代も、何処か嬉しそうであった。
そんな様子を見て、時田も嬉しく思った。
時田は久松に近寄り、二人に聞こえないように話しかける。
「せっかくの再会、お邪魔しては悪いと思います。お二人にしておいてあげましょう」
「……うむ。そうだな。しかしこの事、詳しく説明して貰うぞ」
そして、久松は竹千代と於大に話しかける。
「二人共。暫く、親子水入らずでゆっくりと話していると良い。儂と時田殿は少々話があるのでな」
「と、殿……ありがとうございます!」
「では」
「……時田殿!」
その場を去ろうとする時田を竹千代が呼び止める。
「その……ありがとうございます! この御恩は、決して忘れません!」
竹千代が深く頭を下げる。
「お二人が再会出来て良かったです。ごゆるりとお話をなされて下さいね」
史実では、二人の再会はまだ先の事である。
時田は、歴史を変えたのであった。
(……今の所、大丈夫。まだ消える気配は無い……よし、まだ順調だ……ここからだ。ここから、大きく変わる……頑張れ……私!)