「松平……竹千代……様?」
この時代、徳川家康、幼名、松平竹千代は織田家へ人質に出ていた。
信長と直接関わりがあったと言う歴史書は残っていないが、全くの関わりが無かったと考えるのは難しい。
どちらにせよ、今目の前には後の天下人が二人いる。
織田信長は天下を統一していないということになっているが、当時の天下統一とは畿内のみなので、当時の感覚で言えば天下を取った言えるのだ。
「あ、えと……時田光と申します。信長様の正室、帰蝶様の侍女として斎藤家より参りました」
時田も軽く挨拶を済ませる。
が、先程の時田の表情が、信長は気になったようだった。
「どうしたんだ? 神様でも見つけたような顔をして。神隠しにでも合うのか?」
「いえ、神隠しには……え? 信長様、もしかして帰蝶様から聞きましたか?」
すると、信長は笑顔で頷く。
「うむ。中々面白い。神隠しにあう時は言ってくれ」
「……申し訳ありませんが、いつ神隠しにあうかなんて分かりません。あいたくてあってるものではないので」
「……信長様。神隠しとは? 時田殿が神隠しにあわれるのですか?」
信長は頷く。
「うむ。つい最近な、この者は二年間程行方をくらましていたそうだ。そしてある時、突如として消えたその場に突然現れたのだそうだ」
「……それは……どういうことですか?」
竹千代は何も理解出来ていなかった。
竹千代は時田を見て聞く。
「いやぁ……私にも何が何だか……気が付いたら夕日が朝日に変わってて……としか。全く分かりませんね」
「……それは、時田殿の目線からみれば、時を跨いだという事になりますね」
竹千代は鋭く、時田の現状を読み解く。
その鋭さに信長は驚く。
「ふむ……なる程な。そう捉えることも出来るか……」
竹千代の鋭さに、時田も驚いていた。
そして、恐る恐る口を開く。
「……竹千代様。もし……もし大人になって これから起こること全てを知った上で、神様から過去に戻ってやり直せる機会が与えられたのなら……あなたなら、歴史を変えますか? その結果、自分が死んで……消えてしまうとしても」
「……時田、それは……」
信長が何かを口にしかけたが、やめる。
そして、竹千代が答える。
「それは……歴史を変えてしまったが故に、自分が辿ってきた歴史が消え、それと同時に自分も消えてしまう……ということですか?」
時田は頷く。
そして、やはりこの子ならば何かヒントが得られるかもと、期待した。
「……それは……難しいですね」
「……やっぱり、そうですよね」
時田は流石に子供には難しいか、と諦めた。
しかし、竹千代は続ける。
「でも、私が神様なら、歴史を変えたからと言ってその人を消すような事はしません。そんな理不尽、酷すぎます」
「……成る程。ありがとうございます」
しばらくの沈黙が流れる。
そして、その状況を見かねた信長が口を開いた。
「……さて、話し込んでしまったな……本来ならば竹千代に外の空気を吸わせてやろうと思ったが……」
「……私は望んでおりません」
竹千代がそう言うと、時田の後ろに隠れる。
「だから時田殿と遊んでいたのです。私は中で書物でも読んでいたほうが楽しゅうございます。信長様は少々強引な所がありますので」
「あー、成る程……」
「お、そうだ。忘れておった」
信長は何かを思い出し、時田に告げる。
「父上がお主を呼んでおったぞ。只の侍女が呼ばれるとは……お主何をした?」
「……何も心当たりは無いんですけど……」
織田家に来てからというもの、次から次へと忙しい。
そう考えた時田は溜息をついた。
「急いだ方が良いぞ。儂は時田を探すついでに竹千代を探しておったからな。お主らが将棋を指している間もずっとな」
「はぁ……では、行ってきます」
「あ……」
その場を立ち去ろうとすると、時田は服の裾を掴まれる。
振り向くと、竹千代が何かを言いたそうにしていた。
「ん? どうかされました?」
「……あの……また、将棋を指してくれますか?」
その竹千代の問いに、時田は笑顔で答える。
「勿論! いつでも呼んで下さいね!」
そのまま、時田は頭を下げ、去っていった。
「……竹千代。あの女子はお主には荷が重いと思うぞ?」
「……なんの事でしょうか」
竹千代の心境を時田が知る事は無い。
しかし、竹千代、徳川家康との縁は今後も続いて行く事となる。