「さぁ、話せ。何者だ? お主は」
時田を問い詰める信長に、警戒心は感じられず、好奇心の方が勝っていた様子であった。
しかしだからといって気を許して気楽に話せるわけも無く、時田は気を付けながら話をしなければならない。
というのも、時田は実際に織田家を見てこいと利政から言われているからである。
「……只の侍女にございます……」
「……ほう、その指や目で、か」
「と、言う答えは、信長様は望んでおられないでしょう」
その時田の言葉に信長は少し意表を突かれたようで、少し驚いた顔をする。
時田も、織田信長が相手ならば、隠し通すことはしない方が良いと感じた。
「実のところを申し上げますと、私は侍女では無く、帰蝶様の母の家である明智家の家臣です。記憶も無く戦場を彷徨っていた所、明智家の明智十兵衛光秀様にお助けいただき、お仕えしてます」
「……ほう。包み隠さず話すのだな……その指や目は? どういう事だ?」
時田は指の無い右手で見えなくなった左目を触りつつ、答える。
「この目は先の加納口の戦いで十兵衛様の言いつけを守らず戦場に赴き、失いました。この指はその前に初めて戦場を彷徨っていた折に、賊に火縄銃で撃ち抜かれ、こうなりました」
「……ほう! 火縄銃か! 賊までも持っているとは……興味深い!」
信長は明らかに火縄銃の話に興味を惹かれた。
それを好機と捕えた時田はここぞとばかりに話を逸らす。
「信長様は、火縄銃にご興味がおありで?」
「無論だ! 儂も持っておるぞ!」
そう言うと信長は部屋の奥から火縄銃を持ってくる。
「実はな、儂も集めているのだ。これは使えるぞ。数さえ揃えれば有力な武器になる!」
「……仰るとおりかと思います」
「……ほう。お主はそう思うか。周りの者は皆、こんな物は玩具に過ぎぬと申すのだ。弾込めに時間がかかり、使い物にならんとな。弓の方が使えると皆が申す」
信長は火縄銃を構え、続ける。
「しかし儂はそうは思わぬ。弓は訓練を積まねば放つことは出来ぬが、これは使い方さえ教えれば誰でも扱える。これは戦を変える道具となるぞ」
信長は引き金を引く。
弾が入っていないため、カチッという音が響く。
しかし、信長の言う通り、弾が入っていれば人を殺せる。
長い訓練を必要とせず、人を殺せる武器である。
「……流石は信長様に御座います」
「お主、面白いな。名は何と申す」
「時田光と申します」
するとその名を聞き、信長はある事に気が付く。
「ときた……土岐家と関わりがあるのか? そう言えば話が変わってしまったな。結局お主は何者だ?」
「時田とはこう書きます。土岐家とは繋がりは無いでしょう。記憶が無いので確実な事は言えませんが」
「ふむ……」
「……信長様」
すると、やり取りを見ていた帰蝶が口を開く。
「婚姻の儀をしたばかりの正妻を差し置いて他の女子と話すとは……些かどうかと」
「む、たしかにそうだな。すまぬ」
信長は火縄銃を元の位置に戻し、座る。
「時田よ。お主が何者かはもう正直どうでも良い。だが、お主は面白い。この先も何かあれば申すが良い。出来ることならば融通しよう」
「……ありがとうございます」
「うむ、帰蝶をよく支えてくれ」
時田は信長のその口振りがどこか利政と重なった。
かくして時田は、織田家に仕えることとなったのだった。