「さて、時田よ。話を聞かせてもらうぞ。包み隠さず話すんだ」
「……はい。十兵衛様……」
時田は急遽光秀に呼び出されていた。
そして、そこには時田が帰って来たという知らせを聞いたとある男もきていた。
「おい。十兵衛。何故お主が仕切っておる。儂が仕切るぞ」
「あ、申し訳ありませぬ……つい。利政様。後はお願い致します」
斎藤利政が来ていたのだ。
時田が現れた知らせは、偶然明智城を訪れていた利政の耳にも入った。
そんな利政が、時田の目の前に現れない筈が無かった。
「さぁ、話せ」
「……はい」
利政の圧に時田は深呼吸し、覚悟を決める。
「……とは言っても、お伝えできることは少ないです」
「何?」
「私も気がついたらここにいたのです」
時田は先刻何が起きたのか、包み隠さずに話した。
気が付けば、状況が一変していたと。
タイムスリップの辺りの話は隠しつつ、ありのまま起こった事を伝えた。
「……にわかには信じがたいが……」
利政は時田の目を見つめる。
そして、頷いた。
「嘘を言っているようには見えん」
「では、殿……」
「あぁ、十兵衛の言っていた通り、神隠しのようなものにあったと考えるべきだろう。それ以外に説明のしようもないしな」
利政は時田を見つつ続ける。
「……隣国に寝返り、我らの内情を知らせたのか等、疑いはしたが、それも違うようだな」
「……まぁ、確かに記憶が無い人間が急に消えたら怪しいですもんね……」
「とはいえ、あの時の光の消え方は異常でした。あんな消え方は忍びでも無理です。……多分」
おさとが付け加える。
そこで、ふと時田は気が付く。
何故利政がここに来ているのか、不思議に思ったのだ。
「何故、利政様がここへ? ……というか、私は一体どれほどの間いなかったのですか?」
「……そうだな、そこから説明するか……殿、よろしいですか?」
光秀が利政を見て、利政も頷く。
「お主がいなくなってから、我々は尾張攻めに取り掛かった。時田殿の申した通り、殿は調略によって尾張で戦を起こさせた。今川も調略を仕掛けていたようでな、三河からも兵を差し向けられ、信秀は窮地に陥ったのだこの間、約二年といった所だな」
「だが、流石は尾張の虎。尾張内部の謀反はすぐさま鎮圧しておったわ」
織田信秀は息子の織田信長の名声に隠れて有名では無いが、信長の勢力基盤を築き上げ、信長に英才教育を施した名将である。
しかし、織田家の複雑な立場故に、活躍が制限されてしまったとも言える隠れた名将である。
「……それでは、斎藤家は兵を出していないということですか?」
光秀は首を横に振る。
「いや、織田方の大垣城を攻めた。織田信秀も兵を出したが、信秀の敵である織田信友が本拠の古渡城に攻めた故、信秀は殿へ和睦を申し出、織田信友に対処したのだ」
「……成る程、流石ですね……ですが、何故和睦の申し出をお受けに?」
「いいや、まだ受けてはいない」
すると、利政の表情が変わる。
「……信秀は、条件として嫡男、織田信長と我が娘、帰蝶の婚姻を申し出て来たのだ。それで、ここに来たのよ」
「成る程……明智家は帰蝶様とも関わりが深い家ですからね……それで、お受けになられるのですか?」
利政は即答しない。
しばらく考え、やっと口を開いた。
「……悩んでおる。しかし、婚姻同盟ともなればその繋がりは強固な物となる。少なくとも、尾張からの戦は無くなるだろう。この美濃から、戦をなくせるのだ」
「……織田信秀も、利政様のお考えを理解した上でこの申し出をしたと……とりあえず、侵攻の手を止めさせるには充分な交渉材料ですね」
「しかし、尾張は弱く、隣国の今川は強大だ。帰蝶の身が危険にさらされる可能性がある……どうしたものか……」
すると、事情を聞いた時田が口を開く。
「是非、お受けになられるべきかと」
「……理由を聞こう」
「尾張の織田信秀はこの一連の出来事で勢力に陰りが見え始めると思われるかもしれません。が、次々と迫りくる敵を退け、その実力を世に知らしめた、とも言えます。殿が支援さえすれば、尾張一国を纏め上げられるかもしれません」
「……かもしれない、か」
時田は続ける。
「戦の無い世を目指すため、自分が全てを手に入れる以外の術をお試しになられては如何でしょうか」
「ううむ……」
利政は決断を迫られる。
それは、織田家と斎藤家の未来を揺るがす、一大事であった。
しかし、時田はどう決断するか、知っていたのだった