「時田様! なりませぬ! もう少し安静に……」
「大丈夫! いつもお世話になってるんだから、少し位手伝わせて!」
加納口の戦いよりおよそ三ヶ月後。
土岐頼純が急死した。
とは言うが、斎藤利政が土岐頼純を毒殺したことは明白であった。
利政との和睦の直後に死亡したからである。
しかし公的には急死したということにしてあり、利政は立場を維持していた。
「傷も塞がったし、少し位なら……」
時田はそう言いながら物を持ち上げる。
今は時田の傷が癒え、不要になった物を片付けていた。
そして、余裕ぶった時田はふらつく。
「あれ?」
「あ、危ない!」
転びそうになった所をおさとに支えられる。
「こ、ごめん……助かった……」
「もう……やっぱりもう少し安静にしておいたほうがよろしいのでは?」
「……ねぇ、同い年なんだし、畏まった喋り方はやめない?」
この三ヶ月間、時田はおさとに支えられた。
そんな中で、時田と同い年である事が判明したのだった。
因みに時田は高校一年生である。
「……じゃあ、光。寝てて」
「うん。やだ!」
二人のやり取りを光秀は遠くから見守っていた。
そんな光秀を見つけ、光安が声をかける。
「仲が良いようだな。あの二人は」
「ええ、おさとに任せて正解でした。時田殿も、元気が出たようで何よりです」
おさとは時田に寝てくれと言い、時田はそれを頑なに断る。
しかしそこに本気の口論は無く、友人同士の会話にしか見えないのだ。
時田は明智家に来てから、ここ最近はじめて笑顔を見せるようになったのだった。
「時田殿にも、友人が出来たようで何よりです」
「そうだな。記憶が無い以上、不安な事は山積みだろうに……心を開いて話し合える友人は、時田殿にとっても重要な存在となるだろうしな」
そして、光安は話題を変える。
「さて十兵衛。あの話の事だが……」
「……尾張への侵攻の事、ですか?」
光安は頷く。
「朝倉が大義名分を失い、手出しできなくなった以上、織田を攻めるのは必定。土岐頼芸様が尾張に逃れている以上、利政様も見逃せる筈がないからな……その戦に、我等も参加することとなった」
「……戦を無くすために戦をしなければならない……仕方が無いとは言え、難しい物ですな」
二人は黙り込み、考える。
すると、二人の存在に気が付いた時田が光秀に声をかける。
「あ、十兵衛様! 十兵衛様からも言ってください! 先程からおさとが寝てろというのです! 私はもう元気だというのに!」
「元気だとしても駄目! まだその体に慣れてないんじゃないの? 度々体の左側ぶつけてるでしょ!」
「うっ……」
そんな二人のやり取りを見た光秀は笑う。
「……叔父上、少々行ってきます」
「うむ。行って来い」
光秀が二人の元に近寄り、口を開く。
「……おさと、時田殿を少し動かしてあげなさい。今の体に慣れさせるためにもな。その分、しっかりと支えなさい」
「は、はい!」
光秀がそう言うと、時田は勝ち誇ったような顔をしていた。
時田の年相応な表情を見れた光秀は嬉しくも感じた。
が、ほら見たことか、と言わんばかりの時田にも、光秀は声をかける。
「時田殿も、おさとの言うことをしっかりと聞くことだ。これまで世話してもらった恩返しというのも分かるがな。距離が縮まったからと言って、踏み込みすぎては大事な物を失うぞ」
「は、はい……」
そんな三人の様子を見ていた光安は安堵の表情を浮かべる。
「……立派になったな、十兵衛……」
時田も光秀を信頼し、光秀も時田を信頼している。
そんな様子を見た光安は、明智家の将来を考え、安堵していたのだった。