「……全く、命が助かってよかったものの……今後、戦場に、出ることは禁ずる。良いな?」
「はい……」
時田は光秀から説教を受けていた。
戦は終わり、一命を取り留めた時田は明智城に戻り、治療を受けていた。
手も治りきっていないのに、更に怪我をした時田に、光秀は説教を続ける。
「戦は我等に任せよ。お主は前に出てはならん……いや、もう出ることは出来んか……その目では、普段の生活にも支障が出るであろう」
「……」
時田は左目を失った。
あのとき、放たれた矢は時田の左目を目がけて放たれた。
そのまま命中すれば即死していたが、時田の反射神経は鋭い。
咄嗟に反応し、左手で矢を防ごうとした。
しかし矢は手の平を貫通する。
勢いも殺しきれず、手の平を貫通した矢じりはそのまま時田の左眼球を潰したのだった。
「……時田殿。恩を返そうと思わなくて良い。その体になってしまったのはこちらも悪い。儂がもっと早くに……」
「十兵衛様。おやめください」
光秀が謝罪をしようとした所、時田がそれを諌める。
「悪いのは私です。十兵衛様の忠告を聞きもせずにこの有り様ですから」
「……しかし、助けられたのは本当だ。時田殿があのとき火縄銃を撃たなければ儂は殺されていた。感謝する」
光秀は頭を下げる。
「……ですが、火縄銃ももう撃てません。右手で撃てない以上、左手で撃つしかありませんが、左目が見えなくなってしまった以上、しっかりとした狙いを定めるのは不可能ですから……」
「……だが、お主は頭が冴えている。そこを生かすのはどうだ?」
その光秀の申し出に、時田は頷く。
「……そうてすね。無理はしません。十兵衛様の言う通り、そちらで力をふるいましょう」
そういうと、光秀は笑顔になる。
「うむ。そうしてくれ。さて、戦が終わったばかりで儂はまだまだやることがある。お主はゆっくりしていると良い」
そう言うと光秀はその場を後にする。
時田はもう一度布団に入る。
そして、うっすらと涙を浮かべる。
「……結局、何も出来なかったな……」
顔に巻かれた包帯が、時田の涙で滲む。
「戦う事も……左目も、指も、失ったんだ……でも……」
時田は涙を拭う。
「まだ、言葉は失ってない……今あるもので、あの人を支えよう……」
時田の覚悟が決まった。
その独り言を、光秀は密かに聞いていた。
「心配は、いらんようだな」
「十兵衛様……十兵衛様もお疲れでしょう、お休みください」
侍女が光秀に口添えする。
侍女は光秀がやることがあるというのは嘘で、時田のことを思って一人にしておいてあげていたのを理解していた。
「おさと。後は頼んだぞ」
「はい。お任せください」
おさと、と呼ばれた侍女は頷く。
そして、光秀もその場を後にする。
「……大丈夫でしょうか……」
おさとも時田を心配していた。
時田は多くの物を失ったが、それと同時に明智家が全体で時田を支え、時田も明智家を支えていくという形がこの時決まったのだった。