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第9話 マムシの戦

「よし、ここらで良い。今日はここまでじゃ! 引き上げよ!」


 頃合いを見て、信秀は軍を下げるように指示を出す。

 無理に攻め、利政の策に嵌ることを恐れてのことだった。


「……よし、城下を焼き払いつつ後退させよ」

「は!」


 織田朝倉連合軍は城下町を焼き払いながら撤退する。

 しかし、斎藤軍は動かない。

 挑発にはのってこなかった。


「殿、朝倉軍より、あまり焼き払いすぎては土岐頼純様が戻られた際に苦労することになる、と焼き討ちをやめるように言ってきました」

「……ええい、仕方がない。やめさせよ。完全に破壊してしまえば、我らが負けたとしても利政がその後苦労することになり、無意味では無いというのに……大軍だからと勝てる気になっているな……」


 信秀は渋々決断を下す。


「朝倉軍に分かったと伝えよ。全軍撤退する……全く、朝倉宗滴殿ならばそのようなことは申されなかっただろうに……」

「確かに、宗滴殿がここまで出てくれていれば、我らの勝ちは確実でしたな……殿に加え宗滴殿がいればあの利政といえどもそう簡単には勝てますまい」


 朝倉宗滴。

 越前、朝倉家の名軍師であり、屈指の名将として名を轟かせた武将である。

 足利将軍家からの評価も凄まじく、信長が家督争いをしている頃に、後三年生きて信長がこれからどうなるのか見届けたかった、と言ったと言われている程先見の明があった。

 信長がうつけと呼ばれていた頃に、信長の本質を見抜いていたのだ。

 そんな名将、朝倉宗滴は越前に留まり、国を守っている。

 ここに来ているのは越前朝倉家当主、朝倉孝景と雑兵のみである。


「殿、兵が引き始めたようですぞ」

「うむ。我らも下がるとしよう」


 織田朝倉連合軍は撤退を開始する。

 しかし、その速度は遅かった。


「……さて、利政よ。我等は背を向けておる……城から打って出るには、絶好の機会だぞ……それが分からぬ凡将ではあるまい……出てこい、利政……」


 信秀は利政の狙いが、城攻めを止め、撤退するその後背を攻撃することだと予測していた。

 各部隊にもその事は伝達しており、対応が可能なように指示してある。


「……来ませんな」

「……籠城策か……という事はやはり城内で策を張り巡らせておるな。皆に完全に撤退するように言え」

「はっ!」


 この時、利政の奇襲を警戒し、後退速度を遅らせていたのは織田軍のみであった。

 信秀の対応策は朝倉軍には伝わっておらず、朝倉軍は先に後退した。

 その後ろを、織田軍が進む形となった。

 織田朝倉連合軍は縦に長い形となってしまった。

 それが、致命傷となる。


「かかれ!」

「っ!?」


 突如として、声が響く。

 しかし、城からではない。

 いま信秀達が進む軍の中からである。


「な、何事だ!?」


 至る所で騒ぎか起こり始める。

 その騒ぎに、織田軍は浮足立ち始める。


「な、何事だ!?」

「も、申し上げます!」


 すると、伝令が信秀に報告する。


「我らの兵の中から突如として裏切り者が現れました!」

「何!? 裏切り者だと!?」

「裏切り者は至る所で現れ、混戦となっておりまする! 誰が敵で誰が味方かわからぬ状況で、味方同士も殺し合っております!」

「く……これが利政の策か……いつの間に兵を仕込んだと言うのだ……」


 すると、もう一人伝令が駆けつける。


「申し上げます!」

「今度はなんだ!?」

「朝倉軍も同様の状態との事! 混乱は至る所で起きており、収集がつきませぬ!」

「くそっ! 完全にしてやられた……まさか!? そういう事か!? 対応が可能な部隊を稲葉山城へ……」


 すると、突如として稲葉山城から法螺貝の音が響く。

 そして、城門が開く。

 その光景を、信秀は遠かったが見ていた。


「と、利政……」

「かかれ!」


 その開いた城門から、斎藤利政が現れる。

 利政が先陣を切って、斎藤軍が出陣する。

 混乱が広がる織田朝倉連合軍は、成すすべ無く蹴散らされていく。

 縦に長くなった連合軍はその兵力差を活かすこともできず、混乱によって対応もままならず、尽く敗れていく。


「くっ……逃げよ! 皆、尾張へ逃げるのだ!」

「と、殿! お待ち下され!」


 織田信秀は平手政秀とともに自分の近くにいた兵のみを引き連れて撤退する。

 命からがら織田信秀は尾張へ落ち延びる事となるが、織田朝倉連合軍の損害は五千とも一万とも言われる。

 加納口の戦いは、斎藤軍の圧勝に終わった。

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