「斎藤利政様。改めまして私、明智家にお世話になっております、時田光と申します。何故かは分かりませぬが記憶を失い、戦場にいた所、十兵衛様にお救い頂き、そのまま明智家にお世話になっております」
「記憶が? ……それは真か? 十兵衛」
利政は十兵衛に聞く。
そして光秀は頷き、答える。
「は。時田の申す通り、戦場にて出会い、保護致しました」
光秀は時田の右手を見て続ける。
「時田殿のこの右手は某の力不足が招いた事。最低でも時田殿の記憶が戻るまで、我が明智家で面倒を見たいと思っておりまする」
「……そうか」
利政は時田を見つつ、口を開く。
「この者は凄いぞ、十兵衛」
「は?」
「この儂に物怖じもせず、相対しておる。大抵の者は儂がしたことに恐れるのだがな。記憶を失っている故か……それとも……」
すると、時田は顔を上げる。
「利政様の事は最低限、存じ上げておりまする。何も知らぬ故、この態度というわけではありませぬ」
「……ほう」
「記憶を失ったという怪しさしか無い私を処罰せず、そんな者を保護している十兵衛様も処罰しようともしない所を見ると、利用価値があるから生かしているとお見受けいたします」
時田は淡々と続ける。
「もし敵方と通じているとしても、拷問でもして情報を聞き出せる。そんな強引な方法を取らずとも、味方に引き込めれば敵方の内情を知る事が出来る。何にせよ、殺される事はないと思いましたので」
「……ふっ」
すると、利政は大きな声で笑う。
「ふははは! 十兵衛! 面白い者を拾ったな! 時田よ、気に入った! 何でも願いを言え。叶えられるものならば叶えてやろう!」
「……よろしいのですか?」
その利政の言葉にすこし意表を突かれたのか、答えに戸惑う。
まさかここまで気に入られるとは思っていなかったのだ。
「……では、私を正式に明智家の家臣にして頂くことをお許し下さい」
「時田殿!?」
「……それは、記憶が戻ったとしてもか?」
「はい」
その時田の申し出に光秀は少し驚く。
「そんなことで良いのか? 無論だ。好きにすると良い。十兵衛も、家臣として扱うようにな」
「……は、承知致しました……」
「……ありがとうございます」
時田は頭を下げる。
そして、少し笑いつつ、十兵衛の方を見る。
「これで、戦に同道しても問題はありませんね。家臣ですから」
「……それが狙いか……」
光秀は頭を抱える。
「……好きにせよ。しかし、我が家臣となったからには、言う事も聞いてもらうぞ。城で大人しくしておれ」
「……まぁ、そうなりますよね。明智城に返されないだけ、良いと思うことにします」
「殿!」
すると、その場にまた一人男が入ってくる。
「殿、織田軍が……おお、十兵衛! お主も来たか!」
「叔父上。賊討伐も終わった故、兵を引き連れ参上致しました」
光秀が頭を下げる。
そして、時田を紹介し始める。
「こちら、その折に保護致しました。時田光と申しまする。故あって、明智家の家臣となることとなりました。時田殿。こちらは、我が叔父、明智光安と申します」
「よろしくお願いします」
時田は頭を下げる。
「……そうか。まぁ、問題はあるまい。詳しくは後ほど聞くとしよう。時田殿、これからよろしくな」
「は」
「……そんなことより殿。織田の兵が進軍を開始したとのことです。それに、朝倉軍も……その数……合わせておよそ二万五千」
「な!? そんなに多く……これでは……」
その数を聞き光秀は驚きを隠せない。
すると、利政は頷く。
「うむ。想定の範囲内だな。十兵衛、光安。籠城の支度を整えよ!」
「は、はは!」
二人は慌ただしくその場を去る。
(ついに始まる……加納口の戦いが……まぁ、城で大人しくしてるしかないんだけど)
織田家と斎藤家にとって重要な出来事である、加納口の戦いが迫っていた。