「斎藤利政様の所へ?」
「あぁ。尾張の織田信秀が兵を集めてこちらへ向かっているらしい。我等も稲葉山へ向かうこととなってな」
光秀が甲冑を身にまといながら時田へ告げる。
その光秀の言葉を聞き、時田は口を開いた。
「……私も、連れて行っては下さいませんか?」
「何だと? どうしてだ?」
時田は光秀をまっすぐに見つめながら続ける。
「私も、何か十兵衛様のお役に立ちたいと思っております。私だって戦となったら何もできないという訳ではありません。お力になれるはず」
「……その手でか?」
光秀は包帯に巻かれた時田の右手を見る。
傷はまだ癒えておらず、癒えたとしても、刀を持つことすら満足に出来ないかもしれなかった。
「……指が無くとも、知恵は振るえます。あと……」
時田は左手を掲げる。
「左手があるならば、鉄砲は撃てます」
「……鉄砲か、あの賊から奪った鉄砲を使う気か? そもそも、その手で満足に扱えるのか?」
時田は頷く。
「はい。撃ち方は分かってます。時間を見つけて、この手で撃つための訓練もしました。火薬と弾も賊から巻き上げた物がありますので……」
「そうか……いや、そういうことでは無い。その鉄砲が使い物になるのかを聞いている。時田殿がそれを使えるとしても、鉄砲が使い物にならないのでは話にならんからな」
光秀の懸念はそこであった。
既に鉄砲がどういう物なのかは時田からの説明で知っていたが、それ故、戦で使えるのかどうかを心配していた。
「……一丁では大して使い物にはならないでしょう。でも数を揃えれば話は別です。大量の鉄砲があれば、戦で大いに活躍するでしょう。当たりさえすれば、相手に大きな損傷を与えられます」
そう言うと、時田は自分の右手を見せてみせた。
「……しかし鉄砲は高いぞ?」
「それも分かっております」
その時田の答えに、光秀は考え、頷く。
「……分かった。ついてくるのは構わん! しかし城で大人しくしている事だ。前線に出てはならんぞ。……此度の戦、激しいものとなる。最悪、負けるやもしれぬしな」
「ありがとうございます! ……しかし、負ける事はありえませんよ」
「ん? どういう事だ?」
時田は少し笑うと頭を下げ、その場をあとにしようとする。
「……それは、教えられませんね。さ、早く準備しないと遅れますよ」
「……そうだな」
光秀が折れ、時田の参陣が決まったのであった。
「殿! 明智十兵衛、只今到着致しました!」
「おお、十兵衛! 良くぞ来た。此度の戦での活躍、期待しているぞ」
稲葉山城。
後の岐阜城である。
光秀は城の主に挨拶をしていた。
「凝りもせず織田信秀が攻めてきおった。これで何度目になるか……」
「……利政様。此度の戦、土岐様が関わっているというのは誠ですか?」
斎藤利政。
後の斎藤道三。
美濃の蝮と恐れられた謀将である。
「……確証は取れてはいないが、恐らくな。その噂が広まっているせいか、我らの兵は集まらず、織田の兵が膨れ上がっておる。朝倉までもが手を出し、その本気さが伺えるわ」
そう言う利政の顔に、不安さは微塵も感じなかった。
その様子が気になった光秀は利政に聞く。
「……何か、策があるのですか?」
「……案ずるな。負けることはあり得ぬ。……策があるかは教えられぬな。さ、早く行け。お主の布陣が遅れたせいで負けたら只では置かぬぞ」
その返答に、光秀は既視感があった。
「……時田殿と同じ事を……」
「……何? 今土岐と言ったか?」
つい口走ってしまった光秀は口を押さえる。
「い、いえ! 何でもありませぬ!」
「……お主……何を隠しておる……」
利政は刀に手をかける。
「明智は土岐家の庶流……もしや、土岐頼純と通じておるのか!?」
「そ、そのようなことは!」
「ならば何故今土岐と言った!?」
光秀は精一杯頭を下げながら喋る。
「時田! 時田と申しました!」
「見苦しい言い訳を申すな! 言え! 頼純と共謀し、何を企んでおる!? 戦のさなか、儂を背後から斬るつもりか!?」
「そ、そのようなことは!」
光秀は必死に頭を下げる。
「……斎藤利政様。十兵衛様の申すことは本当にございます」
すると、その場に時田が姿を現す。
「と、時田殿!? 何故……」
「利政様のお声が外まで響いておりました故。このままでは十兵衛様のお命が危ういのでは? と思った次第です」
時田は光秀の隣に座り、頭を下げた。
「斎藤利政様。私は、時田光と申します。故あって、明智家にお世話になっております。時田とは、こう書きます。土岐家とは何のつながりもありませぬ」
「……ほう」
利政は刀から手を離す。
「出てくれば斬られるかもしれぬのに、良く出てきたな」
「私が本当に土岐家の人間だったとしても、利政様はお切りにはならぬとわかっておりました故」
時田と利政は見つめ合う。
(この人は斬らない。稲葉山に入って、また思い出した。この人は、敵であっても即殺しはしない筈なんだ……)