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第3話 記憶

「……」


 目が覚める。

 初めて見る天井だったが、どこか懐かしく感じた。

 起き上がり、辺りを見渡し、見たことの無い部屋にあの出来事が夢ではなかった事を自覚する。


「あ……」


 そして、自分の手の平を確認する。

 すると、人差し指と中指は無かった。

 代わりに包帯が巻かれ、処置されていた。


「……」


 その事を認識した途端、段々と手が痛く感じてくる。


「……おお! 起きたか!」


 すると、部屋に一人の男が食事を持って入ってくる。

 その男は、明智光秀であった。

 布団で状況の掴めない光の元に食事を持って座る。


「具合はどうだ? 飯は食えるか? その……手の事は申し訳無かった。医者がもう治らぬと言ってな、申し訳無いが……その……」

「……ちょっと落ち着いて下さい」


 手を出し、光秀を静止する。


「私の手の事は……まぁ、もう良いんです。無くなったものは仕方がありませんから」

「……すまぬ。そうだな、食事でも食べながら暫く一人でゆっくりすると良い。何かあれば呼んでくれ」


 食事を置き、立ち上がろうとする。

 しかし、時田は左手で光秀の腕を掴み、止める。


「待って下さい。お食事、ありがとうございます。ちょうどお腹も空いていたのでありがたいです。が……」


 時田は右手を見せる。


「このままでは碌に食べることも叶いません。左手で箸は使えませんし……」

「……うむ、そうだったな。何から何まで失礼した。何か……匙のような物を用意させよう」




「……美味しかったです。ありがとうございます」

「……さて、おぬしも落ち着いたようだな」

「……そうですね。あなたも落ち着いたようで」


 時田は食事を終えると光秀を呼び、感謝を伝えた。

 そして互いに少し笑い合う。


「さて、お主、名を土岐田と言ったか? もしや……土岐家に関わりが……」

「……分かりません」


 その時田の答えに光秀は疑問を覚える。


「それは……どういう事だ?」

「……些か……記憶がはっきりとしないのです」


 時田は光秀と話しつつ考える。


(この時代、名字がある事自体厄介事の要因になるし……今が何年かは知らないけど、『とき』が入る名字って、この美濃国では一番厄介な名字だし……記憶喪失設定にしておこう)


 土岐家。

 それは、源氏に連なる家系で美濃国守護である。

 しかし、美濃国で実権を握っているのは、その家臣、美濃の蝮、斎藤道三こと斎藤利政である。

 今この時代が何年かは分からないが、厄介事の要因となるのは明白であった。


「記憶が曖昧か……まぁ、致し方あるまい。何か思い出したら教えてくれ」

「あ、一つだけ」


 時田は床に指で字を書いて行く。


「時田の字は分かります。私の時田はこう書きますので、つながりは無いかと」

「字の読み書きもできるのか……そうか。ありがとう。調べてみよう」


 光秀は頷き、その場を後しようと立つ。


「何かあれば侍女を待機させている故、声をかけてくれ。それではな」


 そのまま、光秀は去って行く。

 そして、部屋を見渡す。


「……この部屋は……」


 時田はずっと引っかかっていた事がある。

 あと少しで思い出せそうで思い出せない。

 そんな感じがずっと残っていた。

 懐かしい。

 そう感じるのは確かであった。


「う〜ん……よし、いいやトイレ行こ」


 立ち上がり、部屋を出ようと戸を開ける。

 すると、そこには侍女が控えていた。


「あ、如何なさいましたか?」

「うん、ちょっとトイレ」


 すると、侍女は不思議そうな顔をする。


「といれ……?」

「あぁ、厠ね」


 侍女がわかるように言葉を変えて喋る。


「といれ……厠……といれ?」


 侍女は不思議そうに言葉を繰り返している。

 聞いたこともない言葉に困惑している様子であった。

 その侍女を素通りして時田はスタスタと厠へ向かって歩き出す。


「厠……あ、場所は……」

「分かってるから大丈夫!」


 そのまま角を曲がり、見えなくなる。


「……えぇ……」


 侍女は取り残される。

 しかし、時田が何故厠の場所を知っているかよりも、侍女には気になる点ががあった。


「といれって……何?」




(私の中の明智光秀の記憶が、戻りつつある)


 厠へと向かう道すがら、時田は思う。


(このままここで過ごしていけば、思い出せる気がする……本能寺の変の真実を……)

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