明智光秀。
本能寺の変を起こした後、僅か十三日で羽柴秀吉、後の豊臣秀吉に討たれ、三日天下と揶揄された男。
その最後は、山崎の戦いに敗北し、敗走中に落ち武者狩りに襲われ、死亡。
その後は羽柴秀吉が信長の孫、織田秀信を擁立して織田家の主権を握り、天下を手に入れる事となる。
「ぐっ……」
その男が、今、目の前にいる。
そして、その男の脇腹には時田が繰り出した竹槍が突き刺さっている。
明智光秀は時田の顔を見て、驚愕していた。
光秀を殺した落ち武者狩りは、時田であったのだ。
「な、何故……ここに……」
「貴様! よくも!」
近くにいた明智の兵が刀を振りかざす。
「ひっ!」
時田は怯え、尻餅をつく。
「ま、待て! 殺すでない!」
「と、殿!? 何故!? ぐっ!」
すると、その兵も一瞬の隙を突かれて百姓の竹槍に突かれる。
明智光秀は自分に刺さった竹槍を引き抜き、馬から降りる。
「殿! 早くお逃げ下され!」
「……もう無駄だ……頼む……暫く、時を稼いでくれ……」
兵達は頷き、襲い来る落ち武者狩りと戦いを繰り広げる。
光秀は、尻餅をつき未だに怯える時田の元に歩み寄る。
時田の肩に血の付いた手を置き、優しく語りかける。
「……良いか、強く生きよ。この先……数多の辛い経験をするはずだ。しかし……挫けず……前だけを見よ。お主の目で……真実を見極めるのだ。そして、最初決めた目標に囚われすぎるな。それは……お前の目を曇らせる事となる……」
「……え?」
「死ねぇ!」
すると、兵達を切り抜けた落ち武者狩りが光秀に襲いかかる。
しかし光秀はすかさず振り返り刀で竹槍を退ける。
返す刀で百姓を斬り殺す。
「くっ! 行け! 成すべきことを成すのだ!」
「えっ? ……わっ!?」
無理矢理立たされ、突き飛ばされる。
そして、そのまま斜面を転がり落ちていく。
(どうして……)
時田は抵抗せず、転がり続ける。
(どうしてこんな事に……)
暫くした後斜面は終わり、時田は気を失った。
「……ん」
目が覚めると、林の中。
辺りを見渡し、先程とはまた様子が違う事に気が付く。
暫く転げ落ちた気はするが、先程の場所とは全くと言って良い程環境が違う気がした。
「……ここは」
立ち上がり、軽く服をはたいて汚れを落とす。
「夢だったりするわけじゃ……無いよね」
時田は服に血がついていることに気が付く。
それは、夢ではない事を物語っていた。
そして、遠くで音が聞こえる事に気が付く。
「……この音は……喧嘩じゃない?」
時田は導かれるようにそちらへ足を運ぶ。
林が切れると田畑が広がっており、武装した者達が入り乱れて、殺し合っていた。
数は少なく、一方はしっかりとした装備でもう一方はまるで戦場から拾ってきたようなボロボロの鎧を身に纏っていた。
それも全て身にまとえているわけではなく、所々欠けている。
「……っ!」
大規模な戦という訳では無かったが、その有り様は酷く、現代人の感覚ではあり得ない光景であった。
その様子から、恐らくは片方は盗賊か何かの非正規兵である事は明らかであった。
それらが、ためらい無く人を殺し、嬉々として首を落としている。
「ぐっ……こ、これだけは……」
すると、負傷した男がこちらへ向かって来る。
「何となく……状況が掴めてきた……」
背中に何かを大事そうに抱えていた。
そして、こちらに気が付いた。
「どけ!」
その男はこちらが丸腰なのを確認し、無力化できると判断したのか、刀を振りかざし、脅してくる。
しかし、時田はその場を動かない。
「ならば……死ね!」
「ふっ!」
時田は敵が大振りで刀を振りかざしたのを確認し、軽々と相手の刀を取り上げる。
「な!?」
「心構えが出来たなら、遅れは取らない。……私は敵じゃない。逃げても追いはしません。逃げるなら逃げなさい」
「……くそっ!」
そして、その男は逃げ出す。
「……はぁ」
時田は安堵のため息をつく。
「なんとかなって良かった……護身術としていろんな武術習ってて良かった……」
時田は様々な流派の武術を学んでいた。
前世が明智光秀かどうかは関係なく、女だからと舐められる訳には行かないと、体を鍛えていたのだった。
「……ん?」
逃げ出した男を見送ると、背後からまた別の足音が近付いて来るのが分かった。
「お主! そこの……奇妙な格好をした者! 怪我はないか!? 先程、賊がこちらに来たと思うが……」
「……はい。問題は……」
振り向くと、時田の動きは止まった。
予想だにしない男が目の前に立っていたからである。
「あ、あなたは……」
「ん? 某か? 某は……」
男は不思議そうな顔をする時田を見ながら続ける。
「某は、明智十兵衛光秀と申す。ここ、明智荘の主、明智光安の甥だ」
時田はその男の名乗りに、驚きを隠せ無かった。
先程自分が殺してしまった男が目の前にいる。
「っ……」
時田は先程の仕返しに来たのかと警戒し、数歩下がる。
そして、時田は石に躓き、転んでしまう。
「あっ……」
「大丈夫か?」
しかし咄嗟の所で光秀に手を取られ、助けられる。
そして、光秀の顔を見て、違和感に気が付く。
先程自分が竹槍を突き刺した光秀よりも若かったのだ。
「あ……えと……」
時田は動揺を隠せずにいた。
時田がどうすれば良いか慌てているところを光秀は察し、時田の手を離し、刀をしまった。
「案ずるな。儂は敵ではない。お主の名は? 一度ゆっくり話を聞かせてくれ無いか? 賊退治ももうじき片が付く。その格好のこと等も聞いてみたいしな」
光秀は再度、手を差し出す。
今度は時田から手を伸ばし、光秀の手を取ろうとする。
「私は……時田……
「ときた? もしやお主……」
光秀の手をとる直前、突如として轟音が鳴り響いた。
「っ!」
突如として差し伸ばした時田の手に強い衝撃と焼けたような痛みが走り、時田は目を瞑った。
そして目を開け、手を見る。
「……え?」
時田の手から血が吹き出していた。
人差し指と中指が皮一枚で繋がっており、ぶら下がっていた。
「あ……あぁ……!」
「な、何だ!? 今の音は!?」
その現状を見て、認識した時田は痛みが溢れ、血の気が引く。
「ちっ! 仕留めそこねたか!」
倒れる直前、時田は声のする方を見た。
そこには、先程逃がした賊が居た。
しかし、時田は立っていることは出来なかった。
「お、おい! くそ!」
光秀の視線の先には何やら見慣れぬ筒を賊がこちらへ向けていた。
時田はそれが何なのか理解していたが、それを話す気力は無かった。
「……」
時田はそのまま気を失った。
時田光と明智光秀の物語が今始まる。