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第50話 三色菫

 集まったユーザー達は皆、思い思いにワールドを満喫する。

 広いフィールドで鬼ごっこを始める社員。公式に雇われたゲーム実況者は先行配信で各所を体験し、魅力を伝える。日本版しか知らない関係者は海外のワールドも行き来し、違いを比べ回る。ちょっとした小旅行だ。

 海外に展開した支部の社員とも合同交流。

 どちらかと言うと、本日は試験的なニュアンスが強いプレオープン。

 関係者同士で繋がる人脈。

 全員が使用出来るサービスを利用し尽くし、フィールドを余すこと無く把握する。


 そこへ響き渡るギターの開放弦のロングトーン。


 ジャーーーーーーンッ♪……ギッ !!


 ステージに現れたシルエットに、見に来ていたミミにゃんは咲と合流していた。


「始まりましたね……皆さんのアバターと比べて、モノクロは本当にリアルなアバターなんですね。生き写しみたい……。

 さ、咲さん ? 」


「お姉さん、感動と緊張で泣きそう ! 」


「まぁ……そうですよね……。これからモノクロは世の中に旅立つんですね……」


 希星のピアノがイントロを奏で出す。


『LEMON公式アンバサダー モノクロームスカイ ! 』


 ステージの蹴込みにデジタルで流れる紹介文。


 奏でるSAIのギターとKIRIの相棒 マシンの重低音。

 恵也のドラムにリズムを刻む蓮のベースとハランのギター。


 第一曲目は、ゲソファンファーストとしてSAIとKIRIのペアをメインとしたロックナンバー。


 フィールドにいる関係者は勿論、ショッピングワールドにいた者もイベント開始のデジタル広告を見てフィールドに戻る。


 ステージに近付くにつれ音が大きくなるのはリアルだ。


 激しく細かいリズム。

 音色の質。

 アバター動作と音のタイミング。


 全てにおいて完璧に表現されている。

 一曲目は訳も分からず、皆立ち止まるだけ。そして思い思いのアクションでジャンプしたり、手を振ったり。

 コントローラーとパソコン、またはスマートフォンからのユーザーは、曲に合わせてアクションの操作性を確認できた事だろう。


 二曲目。

 その前にmcが入る。

 霧香のハードでセクシーな衣装が、一瞬で美しいドレスにチェンジされる。バーチャル世界の強みだ。凛の計らいで、モノクロの衣装に関しては、彩がデザインを伝えることが出来た。


「皆さんはじめまして ! モノクロームスカイです ! ベースとチェロvo担当のKIRIって言います ! 」


「あの不審な看板の奴 ! 」


 いつも通り、トークに絡むのは恵也だ。


「そうそう ! あれ、わたし ! あはははLEMONの宣伝だったんだよね」


 会場から少しの「えぇーっ ? 」と言う声が上がる。恐らくCITRUS関係者以外の人間なのだろう。


「ところで皆さん、このワールドの東の方に、ただの一軒家があるの、ご覧になりましたか ? 」


「ただの一軒家っていうにはデカすぎだけども 」


「まぁ。そうなんだけど。

 わたしの父が元々道楽で音楽やってて、スタジオ付きの別荘を持ってたんですよ。民宿でもやろうかなって思ってたみたいで。

 結局、今はわたしが占領しちゃってるんだけど……ここのメンバー全員で住んでるんですよ」


「あと猫一匹に、寮父の男性」


「そう。YouTubeに本物の家の紹介とかしてるんで是非見てみて下さい !

 って言うのは。今回、このLEMONのフィールドに家をそのまま作って貰って、日常生活を公開するんです。

 実は、今もわたしたちはこのステージにいなくて、自宅のスタジオからこのステージにアバターを投影してるんです。

 来ることも出来るんですけど、今回はこれがわかりやすいかなって。


 次の曲開始直後、自宅も解放になるので、良かったら家の方も見に来てください」


「YouTubeにあげた本物の家と、このワールドにある俺らの家が、もう全然狂い無い ! CITRUSの技術すげぇなって。だって私物の小物とかそのままあるからさぁ」


 数人のアバターがダダダと屋敷の方へ走っていくのが見える。


「自宅は今日から、CITRUSに怒られるまで永遠に生配信されます。会話とかも……全部だよね ? 」


「怒られんの前提 ? 俺、怖くてしょうがねぇよ」


「でも、一応身体はアバターなんで。いつも綺麗な服とかで居れるのはいいかな。顔とか肌もリアルでしょ ? でもこれアバターなんです。

 家にカメラ置いて、モーションキャプチャーでLEMONの中に出力 ? されるらしくて。

 だから普段は皆さんの声を聞いたりは出来ないんですけど、わたしたちは皆さんに筒抜けって生活ですね。


 一応、今はライブステージの前にいる皆さんは見えてるんですけど、これからLEMONの自宅に行ってわたしたちを見ると、スタジオでゴーグル付けて楽器持って佇んでる六人が見れるんですよ」


「ちょっとシュールだよね」


「かなりね。でもこんなふうにやってるんだって見てもらうのもいいかなって」


 ここでハランは予定通りのウザ絡み。


「俺としては自室にいてもキリちゃんの様子が見れるってのは便利かなぁ〜。何時でも何してるのかなぁとか考えるし」


「確かにそれはある。俺、お前がキリの部屋とかで喋ってる時鉢合わせたくない」


 蓮に至っては霧香に対しての囁きより、ハランに対する棘の方が強い。


「そんなのお互い様でしょ ? 」


 パフォーマンスと思い込んでいる霧香は更に煽る。


「別に。みんなで来ればいいじゃん ? 」


「やだよ。どうせ一緒に住んでるなら独り占めしたいもん」


 ここで希星が全員にトークを回すように彩を引き合いに出してきた。


「でもさぁ。割とサイがキリの部屋に居る確率の方が高くなぁい ? 僕が行く時、いつもサイがいるよ」


「だって……こいつの部屋……」


 彩はなにか言いたげに口を尖らせる。


「ん……まぁ。これから皆んな見るから分かると思うぜ。

 ほんとマジで。キリは自分の部屋、サイに掃除される前に片付けようぜ。


 二日前 ? 俺がキリの部屋に行ったらキリとレンレンと話してて。お邪魔かな〜って思ったんで部屋出ようとしたら、出入口のそばのクローゼットとか半開きでさ。しかも、もう洗濯されて畳まれたヤツそのまま積んでるって感じで。倒れて来てるし。うわぁ〜と思ってたら、その倒れて来てたヤツが床まで何枚か落ちてて……乳当てだった ! 俺、お前の乳当てに絡まって、すっ転びそうになったから !

 光の速さで押し込んだよね。だって、そこにレンレンいるじゃん !? よく平気だね ? よく平気だねっ !? 」


 会場から笑い声半分、困惑のどよめきが半分。


「これからそういうのもカメラに写っちゃうしね。キリちゃん、気をつけようね」


「変に高性能で、なんでもマジで認識するんだもん。せめて下着とかは気を利かせてモヤッとして欲しい」


「いや、モヤッとしたところで、見た人は下着なんだろうなぁって、それバレるしね結局 ! 」


「めんどくさいなぁ ! もう歌 !! 歌お ! 」


「おい ! 反省しろ ! 」


「じゃあ、次はゴシックパンクです。ここでは編成が変わります ! 」


 スタンバイ。


「今、家には……二十人くらいの方が、スタジオで見ていただいてるみたいですね。ありがとうございます !


 このガラスのチェロもそのまま再現して貰ってて。

 実物はYouTubeかインスタに載せてるんで、良かったら見に来てください」


「じゃ !! 行くぜっ !! 」


 ドラムを皮切りに、アップテンポでサイとキリから切り込む個性的な曲調。

 クラシックテイストのゴシックに、ハランの激しいロックなギターがパンチを与えて、パンクとして昇華されていく。


 チェロを抱えながら可憐に見える霧香だが、声色は低く暗く激しいビブラートとファルセットで歌い上げる。


 次第に観客は増える。

 ショップのワールドにいた人間もようやく合流。限定品などは正式オープンで買うことが出来るため、実際当日はまだまだ人が集まるのは時間がズレるかもしれない。


 時間と曲の兼ね合いを、現実世界でモニターを見つめる一部の開発勢は記録していく。


 □□□□□


「ふぅー。これで終わったね」


 霧香がVRゴーグルを外して、パソコンに映った自分たちを見る。

 楽器を片しながら自分たちモノクロの六人と、それを囲むように見ているギャラリー。中には至近距離で霧香にセクハラしている者もいるが、流石にそんなことは出来ないよう制限されているので安全だ。


「あ、見て !! このアバターお姉さんだよ絶対 ! 」


 だが、全員喋らない。

 だってここには本来いないはずのお姉さんと、その他にも二十人程がひしめき合っている訳なのだ。

 見られている、プライバシー 0 の生活がスタート。


「……喋ろうよ……」


「なんか気配は感じないけど。いるって分かると……」


 固まる蓮とハランに希星は呆れた様子で笑う。


「もう今更……じゃあLEMON見ない方がいいよそれ」


「よし !! じゃあ俺は早速風呂入るぜ ! 」


 恵也はおかしな方向へ突っ走り始めている。


「お前チャレンジャーだな」


「だって汗かいたしさぁ。

 じゃあ……反省会とかしてみる ? 」


「はは……今までやったことも無いのに ? 」


「今はまだいいよ。ほんと限られた人だし。これから不特定多数の人が……」


「「考えない考えない」」


 彩は思い出したように呟く。


「出来ればレンとハランにはもっとトークで動いて欲しかった」


「うん……。なんかこれからの事考えると、妙に意識しちゃって……」


 蓮もハランも流石に顔を見合わせ頷く。


「それな。だって……こいついっつも同じ口説きパターンじゃんってお客さんに飽きられそう。引き出し少ないな、みたいなさぁ」


「それ俺の事言ってる ? 」


「そうだけど ? 」


「俺はオープンに健全に口説いてるけど、お前はなんかコソコソ口説くよね ? 」


「別に。人前でやる事じゃないし ? 」


「「「喧嘩すんなよ ! 」」」


「とにかく俺は風呂に入るからな ! いいか ! 公共の目前で、遂に風呂とか入っちゃうからな !? 」


 恵也のフリにもう誰も何も言わない。


「わたしはちょっとLEMONのショッピングワールド見てこようかな」


「僕も ! 僕も ! 」


「キリちゃん、なにか買ってあげるよ」


「え ! ずるい !

 じゃあ、レンレンは僕に買って〜 ? 」


「はぁ ?! いや、いいけど……。またこれ被るのかよ……」


 蓮は鬱陶しそうにゴーグルを見下ろす。


「パソコンだけでも行けるけど、どうせなら目の前に広がってるの見たいよねぇ ? 」


「まぁ、それはあるけど……ん ? 」


 蓮とハランが同時に、スマートホンの振動に気付く。


『From サイ

 そのままのアバターで行って、ショッピングワールドでなんか、なんかしらキリにかましてきてください』


 ボンヤリしたリーダー命令だが、なんかとはなんかである。


「「……じゃあ……行くか……」」


「そういえばCITRUSで限定ゴーグル出すとか聞いた」


「それ今日先行販売してるよ。凄く軽量で薄いやつ」


「ショッピングワールドはクリスマス限定仕様なんだよな」


 再びLEMONへ行く四人を見守りつつ、彩はスタジオでつけていた自分のパソコンをシャットダウンする。





『シャットダウン』



『再起動』










『シャットダウン後 再起動します そのままお待ちください』







『三つのプログラムを更新しています』


























『第一部 応援ありがとう ございました』










『ようこそ 第二部へお進み下さい』

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