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第47話 ウラシマソウ

 九月一日。

 学生は二学期を迎え、希星は転校初日となる。


「李 希星です ! 特技はピアノ、事情があって引っ越してきました ! よろしくお願いします ! 」


 真新しい制服。真っ白なシャツに紺色のネクタイ、薄茶色の髪は地毛で柔らかい印象を与える。

 緊張を解すように担任が明るい声でホームルームを長引かせ、生徒との交流を深める。


「は〜い。じゃあ出席番号一番から、各自自己紹介 ! 」


 学校は家の学区内にあるごく一般的な中学だ。

 噂により、クラスの大半が希星の事情を知っている。だが偏見と言うより、人気という色が強いようだった。それは希星が既に動画投稿サイトで活動している、更にはAngel blessのギタリスト ハランが兄とあって、クラスはザワつきを抑えられない。


「希星君、学校案内してあげる ! 」


「え、安藤さんいいの !? ありがとう ! 」


「二時間目は移動教室だぜ ? 忘れんなよ ? 」


「じゃあ三島君と、一緒に行っていい ? 」


「部活何入るんだ ? 」


「僕、全然勉強ダメなの ! しばらく塾に全振りになりそうなんだ〜。

 幹本君は何部なの ? 」


「あ、そうか……塾かぁ。

 ってか、名前覚えんの早くね !? 」


「あたしも思った ! 」


「えへへ、ちょっと得意かも ! 」


 大人気転校生。

 恵也の予想は大当たりだった。


 希星のクラス外の廊下には、他のクラスの男子が押し掛けていた。


「あ、あの……希星さん」


「キラでいいよ」


「キ……キリさんのサイン貰って来てって……頼めるかな ? 賢治さんへって書いて貰いたくて……」


「サインかぁ。 頼んではみるね ?

 こっちも ? 名前はなんて入れればいいの ? 」


「お、俺は佐々木さんへで……サインは恵也さんがいいんだけど……大丈夫ですか ? 」


「うわ、ケイなら多分喜んで書くと思う ! 預かるよ」


 初日から手荷物、ガッツリ。

 笑顔のまま学校を出たが、希星は内心焦っている。

 このままどんどん人が寄って来るのも、LEMONプロジェクトに影響が出そうだと思い始める。だが何より、蔑ろにしたら今度は炎上が恐ろしい。


「はぁ〜……勉強どころじゃないや〜」


 人の気配の無くなったところで、思わずため息と愚痴が出る。

 自分の行動でモノクロに影響を与えたくは無い。先が思いやられる。

 学校生活自体は上手く行きそうなのは救いだが。


「絶対そうなると思った ! 」


 突然、背後から声がかかった。


「半分、持ちましょうか ? 」


 ドキッとして振り向く。

 他校の制服だが、知った顔の女子が立っていた。


「ミミにゃん !? 」


 ミミにゃんが立っていた。

 塾のある方角にはミミにゃんの通学校があった。

 白いシャツに小豆色のベスト。フワリと揺れる金糸入りの黒いリボン。女子のみの有名進学校……所謂、お嬢様校の制服である。


「ミミカでいいわ。同い年だし、今はプライベートだもん。

 それより……全く……」


 ミミにゃんは希星の荷物を見て眉を吊る。


「ほどほどに断らないと ! どんどん苦しくなると思うよ !? 」


「断り方が分かんないよぉ。ミミカはどうしてるの ? 」


「わたしは『サインは事務所に禁止されてるから』って言ってる」


「なるほどぉー。でも僕らは別にどこにも属してないしなぁ〜。LEMONの話もまだ誰にも言えないし……」


「じゃあ深浦さんに言われてるって言うとか。彼なら悪役も理解してくれそうだけど ? リーダーだし」


「うーん。一度、相談してみる」


 二人、野良猫が日向ぼっこしている路地裏を歩く。腰の曲がったお婆さんが玄関先を掃き掃除しているだけの狭い小道。


「VEVOの主人公の声、撮り終わった ? 」


「僕はまだ」


「わたしも。ゆかりさん、悩んでるのかなぁ ? でも保養所から一ヶ月だもんね。そんなに早くないか……。

 霧香さんに変わりは無い ? 十二月までずっと活動を控えるなんて、焦りそうよね。モノクロのチャンネルも今、閉鎖してるし……折角人気が出てたのに」


「そうだね。あ、キリは最近、楽譜の勉強してるみたい」


「そういえばそんな話したわ」


「あとはハランとデートするとかで、服が決まらないとかさ。十二月までロリータ系の服も着ないように徹底するみたいで、カジュアルな服とかネットで買ってた」


「えぇ…… ? デートの話が気になりすぎて、服の話が頭に入って来なかった。

 霧香さんとハランさんのデートって……だってそれ、普段はパフォーマンスでしょ ? 今の時期にやっていいの ? 」


「いや、今回はほんとプライベートのデートでさ〜。誕生日プレゼントっていうか……」


 希星から経緯を聞いたミミにゃんは、呆れたように空を仰ぐ。


「え〜 ? 誕生日プレゼントにデートって……アリ ? それを受けたら、男性は脈アリって思うわよ。

 なんか……霧香さんて、やっぱりよく分からない。深浦さんと仲がいいのかと思ってたけれど……蓮さんといることの方が多いし、でも護衛は恵也さんだから一緒にいなきゃいけないとかさぁ」


「でも、僕らもプライベートまで口出すのおかしいし……どうなんだろうね」


「霧香さんがハランさんを好きなら別に……。

 でも、バンド内で恋愛って……。モノクロはそれをこれから公開するのに、今……もし上手くいって交際しちゃったらLEMON企画がおかしくならない ? 彼氏に気を使ってパフォーマンス出来なそう。だって実際、パフォーマンスだと思ってるのは霧香さんだけよね ? 」


「やっぱりそうなのかなぁ〜 ? キリはなんにも考えてなさそうなんだよ。

 多分、今回のデートも、友達と遊びに行く感覚だしさ」


「想像つくわ……。でも、ハランさんはそんな急に結論を焦らなそうなタイプに見えるけど……」


「えぇ〜 ? ハランが一番、好き好き攻撃凄いよ ? 」


「ほ、ほんと !? 意外〜……」


 そうこうしてるうち、三叉路に差し掛かる。

 左はミミにゃんの自宅方面、右は希星の塾がある。


「あの、良かったら。時間合う時一緒に帰らない ? 」


 まさかのミミにゃんからの申し出。

 勿論希星も断らない。


「うん。気を使わずに仕事の話出来るのいいね」


「それ ! ほんとに今感じてた ! 同じ年だし、今回案件被ってるしね。十二月まで水戸さん以外、お口チャックって辛いと思ってたんだ」


「確かに。ミミカ、いつもと話す雰囲気も違うね」


「素だもん。制服の時くらい気を抜かないと……やってらんないわ」


 荷物を希星に返したミミにゃんは、自然な笑顔で希星に手を振る。


「じゃ、帰れる時連絡してよね。さっきの小道の入り口で待ち合わせしよう ? 」


「うん。荷物、持ってもらってありがと。

 気をつけて帰ってね」


 □□□□□□


 次の週末。

 全員で食卓を囲む。少し早い十五時から。希星の帰宅時間に合わせて早めのホームパーティだ。


「おめでとう〜 ! 」


「ハラン遅れたけど、誕生日おめでと ! 」


 希星が代表して花束を渡す。

 そしてそのそばでは霧香がシャドウににゅ〜る付き花束を渡した。


「シャドウくん、いつもありがとう ! これからもわたし全力で守るよ ! 」


「気を使わせたな。守るのは俺のサダメだ。

 だが、無事ここに帰って来れたのは感謝している」


 気恥ずかしそうに花を受け取るシャドウ。そして二人で花瓶を二つ分用意しに行った。


「ハラン、ほんとにキリとデートにするつもり〜 ? 」


 希星が突然ハランを責め出した。

 これには男共も全員少しびっくりしたが、様子を見守る。


「え ? ダメ ? 」


「そうじゃないけどぉ〜。そしたらシャドウくんにプレゼントは ? ってなるし〜。

 シャドウくんはここから出れないんだよぉ〜 ? 可哀想じゃん〜」


「俺はキリちゃんに聞かれて答えただけだったんだけど……。もしかして全員で……ってことだったの ? 」


「え ! いや……」


 希星自爆 !


「うぐっ」


「ん、ん……」


「ゴホン」


 それでは皆、相談しているのがバレてしまう。

 と、言うより、勘のいいハランの事だ。気付いているだろう。それでこう言う切り返しをする辺り、蓮が白々しいと騒ぐわけである。


「ふぅーん。そうだったの ?

 ケイ、キリちゃん連れ出したいんだけどいい ? 」


「はぁ !? べ、別に、構わねぇよぉ ? 」


 声が上ずっている。


「サイは ? 」


「俺 ? 俺は関係ないし」


 ポーカーフェイスのまま、箸から何度もミニトマトをツルツル落とす彩。


「一応、第一契約者だしさ。キリちゃんが嫌がってるなら止めるよ、流石に」


 ところが霧香はノリ気である。だが安易に口にするのも誤解を産むかもしれないと躊躇われる。


「えっと……大丈夫みたいだ。それに、ちゃんと変装用の服集めてるし……」


「なら良かった。

 そうだね。じゃあ、あまり人のいない所を選ぼうかな」


 ヒト ノ イナイ トコロ……。


 皆、悶々とよからぬ想像をする。


「ま、お祝いはこの食事って事で。俺たちはいいんじゃない ?

 ハラン、俺はプレゼントとか特に無いからな」


 蓮が冷めたように言うが、ハランも上機嫌で承諾。


「分かってるよ。確かに凄い豪勢な食事だな。

 ……ケイは、ホール担当だけど、厨房にも立つのか ? 」


「いや……最初は厨房希望でレストランに入ったんだけど、何故かホールに配属されて……」


「人柄のせいかもな。適材適所だったんだろ」


「ケイいつもニコニコだもんね〜」


「え ? そう ? まぁ〜そういわれると確かに ? 俺ぇ気が利くし ? 誰にでも優しいし ? 」


 彩は一旦グラスのお茶を飲むと、希星に話を振る。


「お前は ? 学校生活どうなんだ ? 今週からだったけど……」


「三日くらいじゃまだわかんねぇだろ ? 」


「そ、それなんだけど……」


 心配する恵也と彩に対し、希星は苦笑いで六つの紙袋を足元から椅子に上げた。


「何その荷物 ! 」


「あ、あの。実はね……。モノクロ知ってる子が多くて。

 それでプレゼントとかサイン貰ってきてとか言われて……初日は三袋くらいだったんだけど……。

 増えに増えて……一人一袋に膨れちゃった ! ごめんなさい〜断りきれなくて !! 」


「うわ、じゃあ俺のも一袋分あるのかよ !? 」


 蓮は口をうぃっと曲げて不満気にしたが、恵也は希星の予想通り。


「マジ !? 見せて見せて ! めっちゃサービスするぜ ? 中学生だろ ? めっちゃ嬉しい ! 」


 意外なのは彩だろうか。


「構わないよ。どんどん持って来て。

 それで、誰が一番多かった ? 」


 分析の材料としてこれ程分かりやすい物は無いからだ。


「えっとね。まずサインは、男子がキリかケイ。女子はハラン、レンのサイン。

 でもプレゼントは男女問わず、キリとサイが多いんだよ ? 」


「サインよりプレゼントの方が多いの ? いいなー」


 彩は自分宛の紙袋を受け取ると、プレゼントを一つづつ確認する。


「お前、嬉しそうだな……」


「違うよ。これによって、俺たちがどういうイメージなのか分かるだろ ?

 あ、やっぱり。俺は白い物が多い。衣装のイメージ、ちゃんと伝わってるな」


「なるほど ! じゃあ、キリは青か黒 ? 」


 心当たりのある希星が頷く。


「そうそう。サイ宛のは少し変わっててさぁ。吹奏楽部の子が大会の楽譜の隅にサイン欲しいとか、楽器ケースのキーホルダーにサイン欲しいとか、そんなのばっかり ! 」


「色紙とかじゃねぇのかよ……お前神なの ? お守りにされんの ? 」


「俺のサイン貰ったところで……あ、これ俺のVtubeのタコグッズだ」


「ガチファンもいるのか……」


「キリはブロマイドが多くてね」


「ブロマイド ? 俺ら公式で出してる ? 」


 彩が否定する。


「出してないよ。

 多分、インスタの画像を印刷したやつだよそれ」


「ハランは白でも水色っぽいのな。レンレンは黒。俺はピンクかよ。俺、ピンクのイメージなのぉ !? 黒い衣装しか着てないのに……あ ! スニーカーが……。

 え、皆んなソコまで見てるの ? 怖 ! 」


「ほら、参考になるだろ ? 」


「Angel blessの時はそーゆーの、千歳に丸投げだったよな」


「そうだね。ちょっと新鮮」


 そこへインターホンの音が響く。


 ハランがリビングに行き、モニターを見る。


「……。

 レン、なんか、お仲間っぽいけど ? 」


 蓮に声をかける。

 お仲間。

 つまりヴァンパイアという事だが…… ?


 花瓶を抱えた霧香が戻って来た。蓮に手招きされ、モニター越しに声をかける。


「はい。どちら様でしょうか ? 」


『水野 霧香さんで間違いないですか ?

 私、第三者委員会の者で、フィルと申します』


「す、すぐ。お待ちください ! 」


 ドタバタと玄関へ向かう。それに蓮も続いた。

 残された希星が彩に聞く。


「第三者委員会って、レンのお兄さんより上の人たちだよね ? 」


「そう言ってたな確か。王政区の中のってことだから、今来たのもどこかの王族のヴァンパイアなんだろうな」


「……こんな時に……タイミング悪いね……」


 □


 ヴァンパイア王族はトップをディー · ニグラムとし、他の王族も勿論それを支える。以前は統括者を奪ったり奪われたりと内戦もあったが、今は統括者と第三者委員会という二つでバランスがとれている。

 第三者委員会の構成は、第一王子を除いて、それぞれの王家の王子と王女で構成される。

 現に今、食堂に通されたフィルは第三王子で、獅子の紋章の王家の末っ子である。

 子供達を差し出すことで、王同士で諍いが起きにくく、子供側は自分たちの未来に関わる為上手く外交しようとする……ということなのである。

 統括も彼らに危害を加えたところで、跡取りでは無い以上、影響を与えられない。その為、不要な殺戮を生まないのだ。


 とは言え、箱入りなのは当然なことで……フィルは初めての人間界に緊張していたが、すぐに懐柔された。


「これも取り分けましょうか ? 」


「お……おい。落ち着いて食えよ…… ? 」


 金色の短い猫っ毛と紋章付きの青色のローブ。

 フィルは初めて食べる人間界の美食にフォークが止まらなくなってしまったのだ。


「信じられない !! あぁ !! 食指が動く !! この私がこ、こんな作法のないことを ! 」


 そう言いながらガツガツと平らげて行く。


「なにか……ワインとか開けます ? 」


「……し、仕事で来ているので。

 で、でもまぁ。パーティという事ですし ? 一杯くらいお付き合いしますよ」


 そう言い、最終的に三本を一人で空けてしまった。


「あ〜〜〜……。ん〜……ヒック……え〜伝達事項があったんですよ。は〜……ええとですねぇ……」


 不安。

 流石に蓮がフィルを止める。


「明日でいいですよ。フィル王子。

 今日は客室へ。改めて明日話を聞きます。

 俺たちがアルコール入ってますし、ね ? 」


「んあ〜……レン殿下ぁ、じゃあそういう事で。いいかもねぇ〜」


「はいはい」


 蓮はフィルの腕を肩に巻くと、三階の新客室へ連れていった。


「ヴァンパイアの王族とは言え、人間と変わらないね ? 」


「向こうは食事に関しては、やっぱり裕福とは言えないからね」


「水が無いから ? 」


「それもあるけど、作物も育たないよ。地面が砂と炭、岩って感じで。乾燥と熱が凄い。結界は張ってるらしいけど、そう快適ではないんだろうさ。地獄だもん」


「へぇ〜。にしても、統括とは話はついたはずなのに、何しに来たんだろうね、あの人」


「さあな」


 □□□□□


 翌朝。

 フィルはそれはそれは、とんでもなく猛省した様子で自室から出てきた。客室もバスルーム、洗面台等は完備だが、酷い寝癖のまま皆の前に現れた。

 完全に二日酔いの醜態である。

 帰宅した希星以外の全員が食堂で迎え、朝食を貪る。


「……昨夜は……た、大変失礼いたしました……」


「まぁ、お互い生き物ですし……楽しいならいいじゃないっすか」


 恵也が慰め、シャドウが水を持ってきた。

 しかし弱っている今なら、もう面倒な事は済ませてしまおうと皆考えている。


「フィル様、それで……今日はどのような要件で ? 」


 霧香が切り出す。


「はい。そうでしたそうでした。

 まずは今回の統括との間でトラブルがあったと思いますが……」


「あ、それは解決しました。レンが仲を取り持ってくれて」


「……報告にはそうありますが……。

 霧香さんは黒百合城に侵入し、騒音災害を起こした……とか、兵からの聴き取りで上がっていまして……」


「ええ ? 騒音だなんてそんな……。

 仲直りという事で、自室に招待されたので、一曲歌ったんです。多分、外に漏れてたんでしょうね。

 防音対策、した方がいいですよ ? 統括の部屋ですし」


 地獄で一体何してきたのかと、蓮が胃の痛い様子で顔を覆う。


「そ、そうですか。ではすぐに検討をするよう報告します。

 あとは、ですね。現在、日本に滞在しているヴァンパイアは82人います」


「そ、そんなにいるんですか ? 」


 これには天使のハランが驚きを隠せない。


「ヴァンパイアは人間に近しい悪魔の一種ですしね。実は、人間界に行くヴァンパイアは統括がしっかり天使に報告、許可を取っています。当然です。

 天使の許可が無ければ、人間界で鉢合わせする度に戦争になってしまいます」


「な、なるほど。天使おれは上司に報告ってくらいで気軽に来れるからなぁ……考えもしなかったな……」


 それを聞いていた彩と恵也は、地獄を知らない分ピンと来ていないが、契約者である以上他人事では無い。


「その82人はわたしを認識していますか ? 」


 霧香の質問に、フィルが頷く。


「ええ、ええ。それなんです。

 最近突然、霧香さんが人間界で何をしているのか聞かれる機会が増えましてね。

 え〜、私たちとしては静かに過ごしていただきたいのですが、音楽活動をするという事ですよね ?

 統括から許可がでているので、私たちに止める権限は無いのですが、他の日本に住むヴァンパイアから不安視する声が多くてですね……」


「ヴァンパイアである事は必要最低限の人しか知りませんし、わたしが音楽活動するのはそんなに問題なのでしょうか ? 」


 フィルは一瞬考え込むと、言葉を選ぶように話始める。


「まず、他のヴァンパイア達ですが……ほとんどは人間と結婚されて、その伴侶が亡くなるまで人間界へ定住が決まっている方です」


「人間と……結婚……」


「色々です。お嫁に来た方も、巨万の富を得ながらも人間の女性を娶った方も……ヴァンパイア領土に来て一緒に生活、とは行きませんので。皆さん慎ましく生活しています。

 それでですね、霧香さん。

 最近、意味もなくあちこちにブロマイドのような広告看板を乱立しているのはどういう事なのか……と、疑問の声が上がってまして……」


 LEMO〜N……。

 まさか、こんなところで咎められるとは。

 これを聞き、渋々彩が資料を部屋から持ってきた。


「アーティスト活動をする上で、企業案件がありまして」


「案件 ? 」


「お仕事の依頼です」


「なるほど。

 その書類が計画書ですか ? 」


「そうなんですが、人、悪魔、天使に限らず。

 これは寿命が百年しか無い人間の企業の方々が、命を削って人生を賭ける程の大事なものです。実際には軽々しく独断で見せることは出来ないのですが。

 公言しないと誓えますか ?

 看板設置の件を聞いてきた方々にも、説得出来ると言えるのならお見せしますが」


 流石彩。男性相手にはスラスラ言葉が出てくる。


 フィルは差し出された書類を受け取らず、笑顔で手でそっと押し戻す。


「人間の世界の極秘プロジェクト……ですか。

 いえ、それなら見るに及びません。

 人間界のルールにしたがって、必要な活動と言うのであれば、他の方にそう話しておきますよ。

 あくまで悪戯に魅了魔術を振りまいているのでは ? と言う方もいましたので」


「そうでしたか。それは否定します」


 フィルは案外、考え方は柔軟なようだ。

 あのディー · ニグラムを黙らせる機関である。頭ごなしにギャーギャー言わない賢さはあるようだ。

 比べて……ディーの暴君はなんなのかと……。皆思うのであった。


「あとは……何か住まいをネットで公開されている……という報告があるのですが……」


 これには霧香が答える。


「それは動画の投稿です。

 メンバーの紹介や住まいの紹介をしました。

 自室を観れると言うのは、ファンにとってもサービスになりますので。活動コンセプトが、メンバーの仲の良さなんです。ですから私生活の公開は……」


「あ、それも内容はいいんです。

 その……住まいが豪華過ぎて不自然なのではと……日本のヴァンパイアから意見が出ていまして」


 それは霧香が望んだことでは無いのだが。

 何から説明していいのかも分からない。


「あ、う……うーん。

 いえ、今よりも確かに手狭でしたけど、前回の統括との件で……」


 勝手に増築されて文句を言われるのはゴメンである。

 全員ワーワーと騒ぎ立てる。


「そうです。何か気をよくしたのか、統括が急に屋敷を大きくされて ! 」


「あの。正直、兄がストーカーになってます。どうにかしてください」


「ストーカー !? ……ううむ。ニグラム様は霧香さんを好意的に…… ? 意外ですね……。

 ですが『裕福な生活』はリヴァイエルの霧香さんに対しての絶対条件事項ではありますので……」


「流石に三階建てとか、兄は甘やかしてますね」


 蓮がキッパリ言い放つ。


「そうでしたか。

 しかしリヴァイアサンという事情がありますし……このくらいは範疇かと、個人的には思いますが。

 第一、人間には悟られない場所と結界なので問題無いはずですし。

 ただ、公開するとなると……。

 やはりあまりに豪勢で不自然なのでは ? と話になりまして」


 これに関して霧香は、彩や恵也人間側に聞く。


「この辺で七人で暮らせるようなマンションとかアパートと、スタジオ一軒持つとしたら、ウチとどっちが高上がり ? 」


「いや、そりゃマンションの方が……。マンションだと自炊もそれぞれだし、スタジオなんか余計にさぁ。別の場所に建てるんだろ ?

 マンションって建てたら終わり〜じゃないからね ? 管理の問題もだし固定資産税とかもあるし。

 ここは父親の趣味宅って公言してるから、絶対今の方がいいぜ ? 」


「でも、後から統括に足された分は広すぎる気はするよな ? 完全にディーの気まぐれ。俺は一人一部屋、リビング、食堂、スタジオ……今まで通りで良かったけどな。

 シャドウ、お前掃除は大変じゃないか ? 」


「三階は今の所空き部屋だらけで使い道が無いからな。考えものだ。

 だが確かに、今回は客間を使う機会があったわけだ。二部屋くらいはあってもいいのかもな」


「なるほど」


「統括が来た時、部屋が埋まっていて、かなり酷い部屋に泊めていましたので……その……四畳半の窓無し物置に」


「え ? 統括を物置に泊めたんですか !? 」


 頭を抱えるフィルに彩も釘を刺す。


「先程のプロジェクトですが、全員で住んでないと不可能なパフォーマンスがありまして……。引越しなんかは考えてないです。広い必要は無いんですが、契約者の俺とケイなんかは、キリと一緒に住んでるのが絶対条件ですし、レンも割と役割はそうですよね」


「でしたら……少し改築……しませんか ?

 平屋住宅……いえ、和風建築にして日本に馴染むように……」


 七人が住めて、プラス客間もスタジオもある和風住居など、今の洋風屋敷より高上がりの高級感があると思うのだが。

 ヴァンパイアも西洋寄りの悪魔な為か、日本の建築物のイメージに偏りがあるようだ。

 だがここで豪華絢爛な和室を用意されても、日本住まいのヴァンパイアから見たら「違う、そうじゃない」となるに決まっている。


「やっぱりやめておきます。家何軒持ってるの ? って話題に飛び火しそうですし」


「そうですか。分かりました」


「フィル様、他には ? 」


 フィルは水を数回がぶ飲みすると、小さな声で呟く。


「……ンを……れ…せんか ? 」


「はい ? 何でしょう ? もう一度お願いします……」


「き、霧香さん、サイン……をくれませんか ? 」


「「「「……」」」」


「何 ? ファン !? 」


「い、いえ。今回のことで調査という形で動画を検閲しまして ! 」


「ゼッテェ嘘だろ。今、モノクロの動画視聴切ってるし。元から観てたろ ! 」


「あ、いえ ! 本当に素敵なベースで……」


「へぇ……マシン×キリ好きか」


「フィル王子 ? 本気で言ってます ? 」


 蓮が苦笑いでフィルを見る。


「お、王族でもちょっと話題なんですよ ! そんな目で見ないでください ! あくまでアーティストとして ! 私の妹も好きですし ! 」


 めんどくさい ! めんどくさい !


「はい。書きましたよ」


「ふぁぁぁぁぁっ ! 家宝に…… !!

 ……………………………………………………………………ああ、いえ。別に。ふーん、これがサインですか。

 あと、今回調査した証拠としてこの書類にサインと…………………………あと写真一緒にいいですか ? 」


「オメェ、ガチファンじゃねぇか ! 」


「お、おおおおお王族の私が第三者委員会でありながら、霧香さんだけに肩入れすることはありません ! ただ、好きなだけで ! 」


「好きなんじゃん ! 」


「す、好……ファンです !!

 いいじゃないですか ! リヴァイエルと言えば音楽の天使サンダルフォンの部下ですよ !? その歌が汚らしいわけが無い ! 」


「超力説すんじゃんフィル王子……」


「別にいいですけど……。じゃあ、82人の方々の件お願いいたします。ご迷惑はおかけしませんので」


「了解です。

 では私はこれで失礼しますね」


 覚束ない足取りで玄関へ向かう。


「ではフィル王子、お疲れ様でした」


「はい。サインありがとうございました」


 そう言ってフィルは地獄へ戻って行った。


「あれが獅子の王家の第三王子か。俺も初めて会ったな」


「フィル王子……。餌付け出来そうだな」


「「「うん。思った」」」


 □


 本日は日曜。蓮もハランも恵也もシフトは空けてある。本来、昨日ホームパーティでガッツリ酒を楽しむつもりでいたからだ。

 だがフィルが来たことで、ただの接待になってしまった。

 ただでさえ塩っぱい事態だが、更に彩からミーティングとしてスタジオに集められる。


「なんの話 ? 」


 霧香もポカンとしてボードを見上げる。

 そこにはLEMONの大まかなプラットフォームの光景が印刷されて貼られていた。


 彩はマジックを手に取ると、以前蓮に話した、LEMONの中の活動内容を話していく。


「と言うわけで、日本版LEMONの外周はそれぞれの国のワールドホームがあるから、そこから移動。

 どこでもいいよ。LEMONが配信される国なら。CITRUSにはもう話してあるから。

 全員考えておいて。もし早く纏まったら、LEMONのプレオープンに各国でライブして、正式オープンには日本版の俺達の屋敷に遊びに来れるようにしたい。

 ……とにかくLEMONで名を売りたい。

 各国、リーダーのコンセプトには従う事。ただし、音楽や演出の範囲内だ。セクシュアリティな問題や、軽犯罪の……うちはないと思うけど過剰なパフォーマンスとか、その時は俺が口出させて貰う。

 十二月まで遊べないから。下積み時代だと思ってガッツリ悩んで」


 自曲だけに全振りの霧香が一番の困惑の色を見せた。


「お、思い浮かばないよ。わたし、日本しか知らないもん。

 ぐ、具体的に……今の話でイメージ出来た人いる ? 」


 これに対し、先に話を聞いていた蓮より先に恵也が手を挙げる。


「俺はまぁ、アメリカとかかな。国はアジア以外で、演目は和太鼓 !!

 全員、和装でさ。派手にやるの。サムライとか忍者みたいなのコスプレして。サムライとか人気じゃん」


「あ、それ絶対無難だよ ! 」


「確かに人気はある。けれど、LEMONはバーチャルだってことを忘れないで欲しい。侍がガチで好きなアメリカ人が侍のアバターに課金してるかもしれない空間だから。

 相当、和太鼓も練習しないと人前で出来るレベルにならない。ケイはドラムだけど、誰か教えてくれる伝手はあるのか、モノクロの中で誰がどのパートやるのか。ちゃんと考えてる ? 」


「うぐぐ。正直、モノクロの音楽やるよりキツくね ? モノクロの路線以外をやらなきゃなんだよな ? 」


 恵也が頭を抱える。


「絶対ドラム以外やらないって言うのもいいよ。ドラムボーカルでモノクロを動かしてもいいし」


「歌えねぇよ……ただでさえ少ねぇだろドラムボーカルって……」


「いないわけじゃないじゃん」


 簡単に言う。言うだけタダだ。どんな妙案から新しいものが生まれるか分からない。彩は否定せず、肯定もせず。


「え〜僕はどうしよう。ピアノは……学生大会ももう出る気は無いし……でもキーボードで何をやれば…… ?

 キリはどうする ? 」


 霧香は最早無言でボードを見たまま固まっている。


「キリ ? ダメだ。魂抜けてる〜。

 サイは ? 」


「俺はキリと弦楽やろうと思ってるけど……国とパフォーマンスで悩んでる。

 案外、ゴシックとか弦楽はヨーロッパ圏は厳しい。単純にウケないんだよね、レベル高くて」


「そりゃ外国人が下手な演歌を引っさげて、日本で和ロックしてたら俺らも微妙じゃん ? 」


「でも和ロック自体はウケがいいよね ? 」


「アニソンに抜擢されたりするからだろ ? 全員が売れてる訳では……」


「分かりやすい特徴だとは思うけど」


 盛り上がるモノクロの if の活動。

 バーチャルでのみ表現出来る、別の世界線の自分たちが公開できる。


 彩が一人一つづつメモとペンを渡す。


「じゃあ、逆に提案してみるか。

 ここのメンバーにコレをして欲しいって案をとにかく出し切るまで書きまくって ? 」


 難問な上、無茶振り。

 しかし、モノクロの音楽は作詞も作曲も彩が担当で、更には霧香は魔法、他のメンバーも割と一発で流せる程のレベルはある。

 そうなると、このくらい音楽に頭を捻るくらいで丁度いいのかもしれない。

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