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第46話 藍墨茶

 とある男性トラック運転手はいつも通るバイパスの土手の看板に目が止まる。

 先月までテナント募集になっていたはずの大きな看板に、絵に描いたような美少女が掲げられていた。

 それを目にした運転手は首を傾げる。

 あんな広告、他所では見たことがないしローカル店の看板か……。それにしても何の看板だったかなど一瞬で分からなかった。

 だが、来た道を戻る逆車線、またも同じ看板を目にする。

 しかし、やっぱりなんだか分からない。ロゴも無く宣伝文句も無い写真だけの看板。

 ただぼんやりと脳裏に焼き付く。

 恐ろしい程の造形美の少女。


 またある駅前では、大きな霧香のパネルが妖艶な笑みで群衆を見下ろす。だがこれに対し、通行人はロゴのない看板に対して免疫があるようで、見上げて霧香の美しさにぼんやりとはするが話題性はまだまだだ。大都会での広告スペースはかなり限られた物に限られる。他の看板や色とりどりの街並みに埋もれてしまったのでは流石に無理だ。

 一番は看板の大きさがモノを言う。

 小さな看板をいくつも出したり、大きくても数が少なく人の印象に埋もれてしまうなら、地方でもいいから数を確保する。デカければデカイ程いいと凛から指示が出る。


 更にCITRUSやアイテールの下請け企業、既にLEMONのショッピングワールドでコラボが決まっている玩具メーカー、お菓子メーカーの生産工場のどデカい壁。更に誰が管理しているかも不明な個人管理の古い田んぼ道の看板も確保。

 特に地方工場のだだっ広い壁には、プロジェクトマッピング広告がハマった。工場は田舎にあれども物流の観点からアクセスのいい場所が多い。更に工場は比較的窓が小さく、奇抜な柄の外壁等は少ないから良く映える。

 数枚の霧香のスチルが入れ替わる映像。そして最後に檸檬の輪切りマークだけがコロコロコロ……ポン ! と表示されるのみ。

 これには企画を知らない社員も困惑を隠せない。だが、会社側は一枚噛んでいる。勿論、上層部は口外しない契約で使用料を貰っている。


 またとある男性は地方へ出張に赴く。

 途中、霧香のデコレーションされた大型トラックを数台見かけた。釘付けにはなるものの、ペイントされたその女性を知らない。美しいとは思うが、詳細が分からないし、よそ見運転も出来ない。新規のアイドルか何かなのだろう。宣伝用の大型車はそう珍しくは無い。

 だが商談を終え、近隣のビジネスホテルの一室でネクタイを緩めた時。少ない地元の観光マップやクーポン券などのチラシの中に、今日見たトラックの箱車にプリントされていた少女を見つける。

 何も書かれていない写真だけの謎のチラシ。果たして、アイドルやモデルがこんな所にビラを出すだろうか。

 妙な色香に、男性はそれを眺め、つい一枚懐に入れ持ち帰った。


 □□□□□□□□


「キラ、ハランは今病院だな ? 」


 恵也がハラン以外の全員をリビングに集めていた。シャドウは恵也の部屋で昼寝中だ。


「うん ! 今日はちゃんとシフト入ってる。八月中は昼間病院にいるんだ。九月からは黒ノ森に戻るって」


「また女子高生の相手かァ……」


 蓮がウンザリと机に頬杖をつく。


「レンのファンは今も黒ノ森に来てるんじゃ無いの ? 」


 霧香の言葉に蓮は首を竦める。


「俺目当ての子は結構、仕事の邪魔しないし……遠巻きに見てるから。

 アイツのファンは遠慮が無いし、ハランは誰彼構わず喋るし返事するから、仕事にならないんだよ」


「まぁまぁ……えーと、今日集まって貰ったのは……ホレ、お前らがハランの誕生日忘れてるからさ ! 」


 恵也が苦笑いで霧香と彩を見る。


「俺、先週言ったじゃん ? もう八月終わるからね ?

 誰か何かするのかなって思ったけど……何もなし ? 」


 興味の無さそうに蓮は、希星に丸投げする。


「お前弟じゃん ? 家でそういうの話に出ないの ? 」


 希星はポリポリと頬っぺを掻くと、霧香にもたれる。


「うわ〜ん ! 聞いてたよォ〜。でも僕も来週から二学期で、新しい学校だし〜。家族もバタバタ〜」


「そうだよレン。不安だろうし、キラは今それどころじゃないよ。ねぇ ? 」


 霧香が希星の肩を持つ。


「そ、それはごめん。

 レンレンは ? Angel blessの時、お互いの誕生日とかどうしてた ? 」


 蓮は死んだ魚のような目をして笑う。


「そんな面倒な事する訳ないじゃん。

 誕生日に合わせてライブやってた。アリバイがあるから、ファンにプライベートを勘ぐられることもないし、一箇所に不特定多数のプレゼントをガサーッて集められるから、握手会のノリで終わらせられるんだ」


「……聞きたくなかった……そんな夢のない話……」


「ウケ狙いのプレゼントとか腹立つし、そもそも部屋に物を増やしたくないし、手料理とかは一番怖い……」


「それ絶対ポストしたり公言したりすんなよ ? 」


「誰に言ってんだよ。その辺は俺のが先輩なんだけど ? 」


「うん……。まぁ。

 じゃあ、リーダーのサイは ? 俺ら今、活動制限あるから、外でライブとかって出来ないけどさ。身内でイベントとか……」


 すると彩も申し訳なさそうに呟く。


「そういうの今までした事ないから……気が利かないくてごめん」


 そう素直に来られると、誰も文句など言えない。


「ねぇ〜 ? こういう時ってどうすればいいのぉ ? 」


 希星の質問。

 単純な疑問と答えだ。


「そういう時は、なかなか都合が合わなかったので〜とか言って、忘れていなかった旨をちゃんと話して、改めてお祝いとかプレゼント……じゃねぇか ? 」


「そうなんだ。レンはハランに何かプレゼントした事ある ? 何あげた ? 」


「全くない。あげたくもないし。

 あ、シフト交換一回分とかかな」


「うわ……Angel blessってドライなんだね」


「あー、そうかもな。

 だってさ、千歳もいい歳だし。京介は樹里さんと過ごすだろうしさ。婚期が近いと、逆にプライベートで時間取らせるのは気を使うって」


「そうなんだ……。そっか。彼女と過ごすのか……確かにぃ。

 でも、今回はどうするの ? 」


 希星の言葉に全員考え込む。


「ハランにプレゼントとか用意する ? 」


「なんか持ち物もこだわり強そうだよな」


「俺はレンもそう見えるけど ? 」


「否定はしないかな」


「そうだ ! 」


 希星は手を合わせると霧香に向き直る。


「キリが聞けばいいんじゃない ? 」


「え ? わたし ? 」


「そうすれば、流石に「誕生日の事かな ? 」とか察するだろうしさ。キリからは受け取りやすいもの言ってくれそう ! 絶対キリのプレゼントは欲しいはずだもんね ! 」


 蓮は嫌な予感。

 恵也は微妙な予想。

 彩はほぼ確信的予測。

 とは言えこの時は、まさかそうはならないだろうと皆タカをくくってはいるが……。


「もし、何も要らないよって言われたら会話終了じゃね ? 」


「その時は皆でケーキ食べるくらいでいいんじゃない ? 」


「あ、でもそれいいかも。どうせ食事一緒だし。

 ほら、シャドウ君の奪還祝いも兼ねてって言えばホームパーティは断らないよね」


「じゃあ、俺料理するわ。レン、お前も料理出来るだろ ? 手伝えよ」


「な、俺は出来ないよ……」


「嘘つけ。お前の紅茶棚にマドレーヌの型あるの知ってるぜ。お前お菓子作りするだろ」


「い、言うなよ。ただの趣味 ! 」


「え !? レンお菓子作るの !? 」


「意外……」


 初めて知った彩と霧香はドン引き。


「なんで俺、引かれんの !? 」


「だってなんか計量器と凄い顔でにらめっこしてそう」


「分かる。手を出したら怒りそう」


「うん。自分で作るとか拘り強そうだよな」


 それには恵也も同意する。


「だからさ、ケーキはレンレンにお願いしようかと」


「はぁ !? 俺がケーキ作るの !? ハランに!? 」


「まぁまぁ、シャドウにってことでもいいし。俺は他のおかずを料理するからさ」


「……ケイだけに任せるのも……アレだし。いいけど……。

 せめてキリ、お前もちょっと料理は興味持てよ」


「えーそれ、今どき差別じゃなかった ? 」


 そういうのだけは覚えるの早い霧香。


「僕 ! 僕作りたい ! ケイ、教えて !? 」


「おう ! いいぜ ! 」


 キッチン組は恵也、希星、蓮に決まる。

 残るは彩と霧香。


「そういえば、費用とか計算して算出するから。今までの収益も分配してあるし、今回は手渡しになっちゃうけど。

 次から振込先に入れるから教えて。あと、その収益費とかを家計簿ソフトで見れた方がいいだろ ? 」


 なんか突然リーダーっぽい事言い出し、お茶を濁すように誕生日には触れない彩。

 皆、普通に聞いてはいるが、蓮はやはりハランと彩の間には壁があると確信する。


「じゃあ……わたしはハランとシャドウ君に欲しいものをそれとなく聞けばいいんだね」


「ああ。頼む」


 □□


 夕飯前、霧香が希星を李医院へ送る。

 その帰りにハランと帰宅し、欲しい物の探りを入れる手はずだ。


「そだ。ハランにも言ったんだけどね、住宅地の中にセレクトショップがあるんだよ〜オシャレなの ! 」


「あ、行ったことないけど知ってる……。そういえばハランにそこで買ったカチューシャを貰ったんだった」


「そうなの ? 見た事ない ! まだ付けてないの ? 」


「うん。髪とメイクはいつもレンにお願いしてたからさ」


「え……じゃあ……レンレンヤキモチ妬いて付けないって事なのかな !? 」


「え !? そ、そんな事考えもしなかった ! ……レンがそんな事気にするとは思えないけどなぁ……」


 以前の蓮ならドライだっただろうが、今は希星の予測が正しいのかもしれない。


「プレゼント渡す話どころか、貰ったもの付けてないって……欲しい物を聞き出しにくいなぁ」


 病院に到着する。

 玄関先でハランが既に待っていた。


「おかえり」


「ごめん、ハラン。暑くなかった ? 」


「ううん。今日は涼しい方だよね。お盆過ぎるとやっぱり少しは違うね」


「そうかもね」


 頃合を見計らい、希星が家の中に入る。


「じゃあ、俺達も帰ろうか」


「う、うん」


 希星を家に送るにしても、普段は護衛対象の霧香が送って来たことにハランは何か意図があると気付く。

 だとすれば、候補の一つに自分の誕生日があるのは承知の上。


「こうして二人で外歩くのって久しぶりだよね」


「あぇ ?! う、うん ! だね !! 」


 ハランはそんな様子に気付かないふりを装い、言い出せずにモジモジする霧香を見て楽しむ。


「夏はフワフワした服は暑そうだね」


「そうなの。でも最近は抑え目だよ。帽子もマスクもするから、ちょっとカジュアル寄りにしてるみたい。サイ、毎日悩んでる」


「凄く似合ってるよ」


「あ……ありがと……。

 そ、そうだ ! さっきキラからセレクトショップの話出てさ……あの貰ったカチューシャ、付けるタイミングが無くて……。今度付けようかと思ってるんだ ! 」


 遠回りだが、贈り物のカテゴリ内で話を進行する。


「ああ。そういえばあげたんだったね。あの時はお詫びもあったし。

 ほら、二人で出かけた時に……ケンカしちゃったろ ? 」


「あ……」


 あの時は自分がバスから、蓮と樹里が歩いてるのが見えて……ハランに八つ当たりをした。だがそれは言い出しにくい。樹里もまさかあんなに人柄のいい女性だとも思わなかった。霧香の中では既に終わった話だったのだが。


「あれはね……ちょっと色んな人に囲まれてパニックになったって言うか……自信無くなってきたりして……。

 ハランは全然関係ないの ! ホント、突然取り乱してごめん ! 」


「そうだったの ? 」


「そうだよ ! そんな突然、怒るわけないし……お詫びしなきゃいけないのはわたしの方で……。

 あ、あのね。お詫びも兼ねてみたいな……えっと、その、ハランお誕生日おめでとう」


「ん ? ふふ。急だね」


「違うの。忘れてた訳じゃなくて、ケイからずっと言われてたから、ほんとに覚えてたんだけど、忙しくてつい……」


「全然気にしてないよ」


「それでね、ハランは何か欲しいもの無い ? 」


 これでは探りを入れるところか、何のサプライズにもならない。

 直接「あなたを祝うのでプレゼントの準備をします」と断言している。

 だが、そこは大人のハランだ。

 お祝いに関しては、触れずに話を進める。


「今は無いかな。欲しいものって、自分で選びたいんだよね」


「じゃあ、消え物の方がいいかな ? 食べ物とか、お花とか 」


「うん。普段はそう答えてるかな。

 でも……そうだな。キリちゃんから貰えるとしたら、一日デート券かな」


「んえ !? 」


「ほら。俺も護衛くらいの魔法は使えるし、護衛担当のケイの許可とってさ。

 二人でどこか出掛けたいな。ダメ ? 俺、誕生日プレゼントならそれでいいな」


「そ、そう ? 出掛けるのがプレゼント ? わたしと ? 」


「うん。考えといて ? 」


「う、うん。わたしはいいけど……」


 考えといて……つまり、皆の許可を取って堂々とデートに出掛けようねと言う事だ。


 夜中、ハランが寝たのを確認し、電気も点けずにスタジオの床に座りメンバーで顔を付き合わせる。


「おい、なんだよそれ。プレゼントじゃないじゃん」


「プレゼントにかこつけて、自分の欲望を通してきたな」


「ぶっちゃけさぁ、断りようが無くねぇ ?

 キリと一緒に出かけてくるねって……普通じゃね ? 別にキリは誰のものでもないし。

 キリがハランと約束して来ただけって感じ。誰も妨害する権利なんて無いし ? 」


 恵也はそう理性的な言葉を並べ立てて、自分を納得させているだけ。

 しかし、実際これが正論である。


「確かにそうだな。

 キリ、お前はどうなの ? 」


 蓮に聞かれて、霧香は口篭る。


「え……えーと。プレゼントなのかな ? ちょっと分かんないけど、ハランがそれでいいなら別に……」


 彩は意外な感情を霧香から感じ取る。

 案外、霧香はノリ気だ。強いて言えば、少しの罪悪感。これは恐らく蓮か恵也に対してだろうと思う。


「キリ次第だろ。任せよう」


 そうフォローするしかない。

 恵也が途端ソワソワしだす。


「あの。せめて連絡が付くようにしておくとかさ。最低限の行き先と……変装はしてて欲しいから……行く場所にもよるけど……なんかこう、頼むぜ 」


 正直、蓮も恵也も行かせたくは無い。

 だが言ってしまったら、自分の余裕の無さが露呈してしまう気がして言えない。

 ただでさえ強引な行動が多いハランに皆不安はあるが、誰も止める権利など無いのだ。


「いいんじゃない ? 楽しんで来たら ? 十二月まで家に缶詰めでもしょうがないし。変装して気分転換出来るならそれでいいさ」


 蓮の心にも無いセリフに、全員ツッコミ入れたくなるが抑え込む。


「俺も別に……。キリの自由だろうし」


 彩としてはプライベートで霧香に恋人が出来るのは不味い事態だが、これが蓮かハランなら口出しすることも無い。

 だが第一契約者になってからというもの、今まで理解不能だった『女性の気持ち』というものが勉強になっている事は確かで、一番知っている女性だからこそ、フラフラとハランにオチてしまうのは納得がいかなくなってしまった。

 蓮がいいという訳では無いが、やはり霧香はハランに対してはまだまだ恋愛感情は未発達な状態だ。

 理想では相思相愛でガッチリ心決まりしてから……と、ついつい思ってしまう。


「じゃあ、キリ。ハランにはそう伝えて……あと、シャドウの奪還パーティ込みだし……遅くなるならパーティとは別の日に行くとか……。

 料理が冷めちまうし、お前ら帰宅すんの皆で食堂でモヤモヤ待ちたくねぇもんな」


 パーティの準備をしてから、「今日は外泊です」などというとんでも展開はお断りだと。

 これに関しては蓮も頷く。


「別にどこ行くでもいいけど。

 せっかくだし、パーティと別な日に行けばいいんじゃない ? 」


「うん、そっか」


 全員、ため息をつく。

 霧香は素直に蓮の気遣いだと勘違いしているが、何故こういう時の霧香は勘が鈍いのかと。

 それにも増して、蓮の天邪鬼もしょうもない。「俺以外の男と出掛けるなら日帰りで帰宅しろ ! 外泊なんてしちゃ嫌だ」とは口が耳まで裂けても言えないのだ。


「じゃあ、ハランに言ってみるね」


 こうしてパーティとは別の日に約束が取り付けられた。


「九月に入ってからって返信来た」


「そう……。ってか、今あいつ起きてんのかよ」


「不味いな。寝たかと思ってた。はよ部屋に戻ろうぜ」


 話し合いが済んで全員が部屋へこっそり戻る中、蓮が彩だけを呼び止める。


「いいか ? 」


「 ? ああ」


 もしかしたらハランと霧香のデートを断るように説得して欲しい……等と言われるのではと考えた彩だが、どうも違ったらしい。

 スタジオの明かりの一部を点けて、テーブル席に座る。

 真っ暗な窓の外を見るが、曇っているのか星も月も見えない。


「何かあった ? 」


「ん〜。少しな。どう ? お前も俺とどっか行かない ? 単純に飯とかさ」


「……何かここでは出来ない話 ? 」


 食事の誘い。

 彩としては意外だ。霧香のデートの件で気を紛らわしたいのかと考えるが、それなら恵也の方が蓮は距離感が近くていいだろう。


 つまり、自分を誘うとなると何か深刻な話題だと察する。


「夜 ? 俺、下戸だけどそれでよければ」


「いや、俺が酒入れないと話しにくくてさ。かと言ってここの食堂では二人きりにはなれないだろ ? 」


「……ジュースでいいなら付き合う……」


 酒を入れないと言えないような事。

 だいぶ重い話題かと覚悟する。


「明日空いてる ? 」


「うん」


「じゃあ、駅に二十時半で。俺、店閉めたら向かう」


 □□□□□□□□□


 翌日二十時二十分。

 彩が駅に到着すると、既に蓮は到着していた。


「ごめん、二十時半って言ったけど、案外今日は掃除とかもすぐ終わっちゃってさ」


「いいよ別に」


「すぐそこにさ、安くて個室ある店があるんだよ。予約してあるけど……大丈夫か ? 和食だし、野菜はあると思うよ」


「ああ。構わない。

 気を使わせてしまったな。偏食は良くないって分かってはいるんだけど」


 二人雑踏の中を歩く。

 蓮は流石に目立つが一応、申し訳程度にサングラスを着用。

 彩は白い服に白い肌。脱色し過ぎにし過ぎた白銀の髪に幸薄い顔に隈。元々存在感はない。

 誰にも気付かれず無事到着。個室は座敷で、注文はタッチパネル。サーブはノックと共に襖が開き、最低限の人員で手早く配膳される。

 野菜多めの鍋とサラダ、ドリンク、蓮はグラスワインを注文。


 しばらく鍋をつつく。


 彩がホームレスの時の霧香の子守りがキツかったとか、血はどうしてたかで盛り上がり、真理と和解して楽団とは良い別れ方が出来た事など……色々だ。


 アイテールの生配信と、ディー · ニグラムというヒールのおかげか、メンバーが纏まって来たような気がする。特に恵也と希星が潤滑油になっている。


 だがしかし。

 個人的に見れば、それは違う。

 今日だって、彩と蓮。二人きりで外食と言うのは初めてな訳で。全く全員フレンドリーとは言いきれない。やっとプライベートで行動するようになった……という訳だ。


「でも男同士の関係性ってこんなもんだよな」


 蓮が何の脈絡もなく呟く。


「え ? 俺に何か期待してた ? 」


「いいや。と、言うか。大人な対応ってのは、時に邪魔になることもあるなって。

 始めからガッツリ意見を言うべき事も多々あるよなって思ったりしたんだよね」


「なんの事か、話が見えないんだけど ? 」


 蓮は三杯目のワインを飲み干すと、鍋の火を少し弱める。


「実は。こないだハランと二人で話す機会があってさ……。

 まず……まず一つ目からいい ? 」


「いいけど……」


 ハランとの間に壁は無いか。

 ハランと霧香の間を取り持つ気が無く、妨害行為をしていないかと言う質問だ。


 これに関して彩はクスクスと笑い、自分の考えを伝える。

 第一契約者の義務と、蓮と霧香の距離感が近い分どうしていいか悩むこともあると素直に伝える。

 勿論、サブカル系通りのデートの話も耳にはしていたが、あの時はタイミングが悪く希星の通報などで多忙だっただけだと。

 現に、昨日は霧香とハランのデートは決定したわけだ。妨害などしない。


「ハラン、そんなことで悩むんだな。俺、そんな気無いのに」


 彩がプチトマトをフォークに団子のように三つ刺し頬張る。


「そうだよな。アイツも妙に考えすぎだよな。

 ただ、その原因の根本的なところって、音楽にある気がしてさ」


「音楽と……何が繋がるんだ ? 」


 彩の表情が変わる。


「あ〜。噛み砕いて言うと、ベース二台って編成の事。後はキリのパートがチェロに偏ってる事に不満があるみたい。ゴシックが向きじゃねぇんだろうな」


「あぁ……」


 彩としてはハランが反発してくるのを予測していた。寧ろ遅かったくらいだと思った。


「ベースって聞くから違和感あるだろうけど、編成については他のバンドも音楽経験者も、あまりおかしな批評は無いんだ」


「それは知ってる。って言うか、楽器売ってるは特に。

 キリのマシンに弦が十本もある理由。上の四弦がギターの弦だから、あれは最早ベースでは無いんだよな。魔改造もいいところ」


「……ずっと思ってたんだけど……。地獄ではあれが普通なの ? それともお前が造ったベースなの ? 」


 彩の問いに蓮はニヤニヤと答える。


「あれは元々俺の物だよ。自作ベースで、ネタで注文したの。

 ベーシストは弾きやすいけど、ギタリストが握ると ??? ってなるかな。コード抑えようが無いし。

 でもキリに使用を強制はしてないよ。現に楽器庫には普通のベースもあるだろ ? 」


「そうだったのか。

 キリは弾きこなしてるし、エフェクター次第で音なんか変えられるから、完全なリズム隊のレンのラインとは被らないんだよな」


「俺もそう思うよ。キリのベースラインはボーカルに近い。鬱陶しく聴こえないのもまた才能さ。魔法以前にセンスは必要だからな。

 俺はさ、最初にコンセプトをお前が発表した時、ハランが「何も口出ししない」って承諾してるのは聞いてるわけだし。お前の肩持つよ。今の音楽もキリの歌も気に入ってるしな」


「……」


 蓮の支持はあったとしても、ハランの不満が解決したとは言えない。


「後は、同時にキリの見せ方をアイドル寄りにした方が良いとも言ってたな。

 これは俺は反対。インスタとのギャップは事実売れてる。サイのやり方で合ってんだよ」


「服装とかってこと ? それは俺も変える気無いな。キリは歌い出すと豹変するから。フワフワドレスでドス声を出されても……」


「同意」


 彩は鍋のネギを噛じると、今まで伝えていない構想を口にする。


「実は、LEMONでの俺たちの活動だけど、毎日ベタベタしてるわけにいかないし、ちょっと活動内容変えようかと思ってて、CITRUS側には話通してあるんだ」


「うん。聞く聞く」


「本来、レンにだけ先に言うってのは……とも思うけど……。

 でも、身内内でそういう不満分子の橋渡しになるなら今回は有りかな」


「OK。余計な事は言わないぜ」


 彩が提示する活動内容。

 それは、LEMONの特性を活かした、お手軽ワールドツアー。


「プラットフォームは俺たちがアクセスしたあの広場だけど、国によって違うワールドがあるじゃん ? 」


 LEMONは日本サーバー以外も勿論ある。

 あくまで霧香の屋敷があるのは日本のあの空間のみ。他国の人間は、自国のワールドから移動して日本のプラットフォームに来る事になる。


「世界同時に公開のLEMONだし、自国のワールドには皆行くよ。言語も通じるし。

 でも俺らの生配信って、外国人は日本語が分かる奴か、翻訳アプリ入れてる人しか観れないと思うんだ。そもそも俺達に興味が無いだろ ?

 だから営業として、俺らも他国のLEMONワールドに行ってイベントをしようと思ってる」


「ライブとか ? アメリカのLEMONのワールドでやるの ?

 全世界の人間が来れるのが、プラットフォームって強みなのに ? 」


「例えば、多言語の国が海の上にポンっと出来たとして、毎日行く ? 住みたいと思う ?

 俺は行かない。同じ日本人探すの面倒臭いし、言葉通じない相手と話す話題もない。それと同じさ。

 ほんと、ゲームの起動ゲートに直行するだけ。なんなら、あのプラットフォームからゲームを起動ってのも鬱陶しい。何度もCITRUSで言ってるけど聞く耳を持たないよな。

 ゲームの起動なんてワンタッチでいいのに。


 でも、俺たちはそうは言ってられない立場になったわけで……どうにかLEMONに来た連中に自分らを売り込まなきゃいけない。LEMONを軌道に乗せて、正式にCITRUSが俺達のバックについてくれる所を目指す。報酬アップも視野に入れたいし」


「なるほどな……」


 日本の一番大きなLEMONのプラットフォームは、公式によるファンの為の、公式による安全な会場である。

 日本版プラットフォームからは別個に、自国の広場に行けるようになっていて、そのワールドの言語はその国の公用語。


「例えば、俺たちの屋敷は日本のプラットフォームにあるから全世界の人に共通に公開されるけど、中国のワールドのユーザーが、日本人のユーザーしかいないワールドに来るとは考えられない。

 英語、日本語出来る人と、物珍しさに、たまには来る人はいるかもしれないけどさ」


「それで ? 俺たちの活動内容って ? 」


「まず、国を選ぶ。そしてリーダーを国によって変える」


 この言葉に蓮の首がグンニョリと曲がる。


「え ? 何の ? なにが ? 」


「日本のプラットフォームを拠点として、今まで通りの曲とコンセプトで、モノクロームスカイは活動する。

 でも、他の国のワールドでも活動する。

 そこで、メンバー全員に活動したい国を選んで貰って……。

 例えばレンが『韓国のワールドでKーPOPみたいな活動したい』って言うなら、韓国のワールドでの活動だけ、リーダーはレンに任せる。更に、モノクロから誰を使って活動するか選ぶ。男だけでグループ作ってもいいし、キリをソロで出してもいい。

 その国で上手く売ってみるんだ 」


「きょ……極端だな。急に言われても、統率力が無いメンバーもいるだろ…… ? 」


「それは頑張って貰わないと。

 そしてそれも収益を付ける。更に公開する。それが一つのパフォーマンスになる」


「そうすればモノクロを知ったユーザーは、他国のワールドに行き来する理由が出来るってわけか」


「ゲームだけなら起動出来ればいいもん。

 でも皆、推し活なら別だろ ? ……まぁ俺たちがその推しになれるかは、その国のワールドでの活動次第ってわけだけど」


「バーチャルステージ……何をやるかは自由……難しいな。国民性や流行ってのがある 」


「音楽の範囲内なら何してもいいよ。

 それならハランがどの国を選んで、キリをどうプロデュースしようが、俺は口を出さないしメンバーもルールに従う」


 彩がハランの納得いくような答えを持ち合わせていたことに、蓮は少し驚いた。


「もしかして、ハランの我儘は覚悟してた ? 」


「うん。二人を加入させるかって時……本当はハランを断ろうとしてたんだけど……」


「あぁ ! やっぱり !

 それでこの案か……。交通費がかからない海外活動か。ネットの強みだな」


「そもそも、ネットを拠点にするって時に既に考えてはいたんだ」


「安心したよ。

 その案ならハランも納得いくだろうし、自分でメンバーを使えるとなれば願ってもないだろうな」


「俺はもう派閥争いや喧嘩はゴメンだからな。

 だから恨みっこなし。音楽で勝負。それでいいじゃん」


 蓮は鍋を乗せたコンロの火を見ながら、柔らかに微笑む。


「お前、本当に凄いな。

 キリがバンド組んだのがお前で良かったよ。俺も案外、尊敬してるんだぜ ? 」


「別に。普通だよ」


 彩は無表情のまま、恥ずかしさを隠すようにお椀の鍋スープをグイッと啜って顔を隠した。


 □□□□□□□


 看板設置直後の人々の反応は大人しかったが、九月直前になると遂に「あの看板はなんなのか」。「ベーシストのKIRIだと思うが、何の宣伝なのか ? 」と、色々な考察がネット界隈を賑わせた。


 瞬く間に広がる噂と、霧香の人気。当然、不確実ながら拡がるCITRUSの新規プロジェクトの噂。


 それを目の当たりにした歌の祭典を仕切る青葉プロデューサーは、口を尖らせて南川と電話をしていた。


「ミナミく〜ん。キリちゃん人気らしいじゃ〜ん。うちに出してあげるって言ってたのに……これじゃ出せないじゃ〜ん」


『まぁ、十二月までなんで何とか……。

 それにしても、蛯名 凛さんを紹介してくださるとは思いませんでしたよ』


「彼女、俺の後輩が映画に使いたがってるんだよねぇ。脚本が細かい世界観なんだわ。

 まぁ、これで蛯名 凛の次の行先は決まりかね」


『そうですか……』


「しかし、アンジェリン ! 懐かしいよねぇ。

 ま、キリちゃんはあの歌唱力と美貌だし、モノクロは人気に火がつくのは早いだろうね。年末の裏番組で俺、モノクロ出したいけどねぇ。間に合うかなぁ」


『VEVO配信直前の期間ですし、僕としては願ったり叶ったりですが』


「ん〜。それまで問題行動無かったら考えるよ。今の若い子はさぁ〜、隠れて悪いことするじゃん ? ネットで失言とかさぁ。

 だからまだ保留 ! 」


『ご検討頂けますと幸いです』


『ご飯出来たけどー ? あ、やだっ ! 電話中っ !? 』


 突然聞こえてきた、南川の背後から女性の声。


「おっと……飯か ? 邪魔しちゃ悪いな。

 それにしても……。俺さぁ。職業柄、一度聞いた声って忘れないんだよねぇ」


 そう言い、南川の同居人の存在に青葉も妻との青春を思い出す。


『いや、うっ……うぐ……。 どうかご内密に』


「いいんじゃない。仕事頑張ってるみたいだし。今どき足で稼いでんの、俺気に入ってるんだよね、藤白 咲くんだっけ ? 」


『声だけで……鋭いですね』


「経験の差と、耳が特別製なんだよ俺〜。まぁ、今度一杯やろうや。またな」


 南川ゲーム青葉音楽。この繋がりはどうしても切れない縁。

 通話を切ってから、南川は両手で疲れ目をギュッと抑える。


「参ったな。俺がモノクロのマネージャーみたいになってるな。LEMONの事だし、CITRUSに丸投げすればいいんだけど」


 南川が笑うと、咲も笑った。


「それ一緒 ! なんか世話妬いちゃうんだよね〜」


 この二人。

 現在同棲中である。

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